長野県立美術館・東山魁夷記念館(1)      『内庭』東山魁夷

 善光寺のすぐ隣にある、スタイリッシュな現代性を極めた美術館。
 私にはよくあることなのですが、閉館間際(1時間前)の到着。
 洗練された建物は複雑で、本来の入り口でないところから入ってしまい、なかなか受付に辿り着けず、気は焦るばかり。
 受付が新米の方だったようで、コレクション展の場所がよく分からず、せっかくアニバーサリーな空間に来ているのに、少し苛立ってしまいました。
 企画展「戸谷成雄 彫刻 ある全体として entity」展(例によって、ずいぶん前に終わっている展覧会です)は、断念しました。

 ここでの嬉しかった思い出と言えば、「チケット間違い」。
 足早に向かった『NAMコレクション』展示室入り口で、一分の隙もなくエレガントなユニフォームを着こなしたキュレーターさんにチケット提示を求められた際のこと。
 受付で話をよく聞いておらず、チケットを財布に収めていたため、しかもその財布を鞄の奥深く入れてしまっていたため、ただでさえ時間のない状況で、鞄をごそごそ。さらに、普段から財布をレシートまみれにしている私が悪いのですが、そんな時に限って、目当てのものが見つからないのです。ようやく「これだ」と思って提示したところ、「あら素敵」という上品な声が返ってきました。
 見ると、私が握っていたのは、愛する「信州新町美術館」の、素朴で味わい深いチケットでした。
 長野出身の黒河内真衣子(イッセイミヤケを師に持つパリコレデザイナー)がデザインした、都会的かつモードなユニフォームを一分の隙もなく着こなし、化粧もパーフェクトなキュレーターさんが、「信州新町美術館」の芸術を評価する感性をお持ちであるということに、私は感激しました。その上品でユーモアある一言に、私の気持ちはすっと落ち着いたのでした。

■東山魁夷コレクション展 第Ⅴ期
 すごい人気です。
 平日の夕方なのに、人の多いこと。
 2018年に開催された『生誕110年 東山魁夷展』の、京都国立近代美術館での展示会最終日に足を運びましたが、あの日の混雑ぶり(チケット売り場まで行列に並んで30分待ち、館内は満員電車状態)ほどではないにしても、この画家の衰えぬ人気ぶりが強く印象付けられました。

〇北欧風景1962
『内庭』
 

今回、特に思ったのは、東山魁夷という画家がシンプルに表現しているように見えるものが、実は意外な複雑性を持っていたということです。今回、この『内庭』を模写していて思ったのですが、たとえば、一本に見える線が、実は境界となるところでほんの数ミリの段差を作っていたりします。そして、その段差を繋げてしまうと、大切なフィーリングが失われてしまう…
単純そうに見える構図が、模写しようとすると実は骨の折れる構造をもっている、ということに気づきました。
多くの画家の絵が、一見、複雑そうに見えてもアウトラインは比較的、容易に要約して写し取れるのに対し、魁夷のシンプルそうに見える構図が、逆に安易な要約を許さないというところに、この画家の特異性を見ました。
私は東山魁夷の、日本の建造物を描いた作品が好きでしたが、この”日本画家”の、北欧を描いた作品に、すばらしさを強く感じました。自然に対して際立ちすぎず、落ち着いた感性で生み出される整然とした人工の感じは、この画家の持つ静かなまなざしによく馴染んだようです。加えて、西洋の爽やかに乾燥した空気感と色彩は、湿潤な気候で育まれた建造物を描き慣れたこの画家の筆に、絶妙の新鮮さをもたらしています。

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