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#2 Actually...

〇〇:「お疲れ。一通り挨拶は済んだ?」

中西:「はい、ひとまずはって感じですけど」


この日は5期生がレギュラー出演する番組“超・乃木坂スター誕生!”の最終収録が行われてた。とはいえ、数ヶ月後の再開が決まっている、言うならば一区切りと行ったところなのだが、やはり初めての同期中心の番組にメンバー達の思い入れもひとしおということで、収録終了後に短いながらも番組関係者各位への挨拶とお礼を伝える時間を設けさせてもらった。


中西:「…終わるわけじゃないですけど、やっぱりさみしい気持ちになるもんですね」

〇〇:「普通にめちゃくちゃさみしい」

中西:「笑 〇〇さん乃木スタ好きですよね」

〇〇:「コントも楽しいけど、特に音楽番組好きだからさぁ。中西も乃木スタは結構思い入れあるんじゃない?歌に力入れてるのもあって」

中西:「そうですね…。色々経験させてもらったなって思います」


中西アルノ。

5期生の中でも特に歌唱力に定評があり、昨年には新しく始まる音楽番組でサブMCに抜擢されるなど、こちらの方面で大きな活躍が期待されている。


中西:「あと…」

〇〇:「あと?」

中西:「…〇〇さん、超乃木スタ始まってから私達への接し方変わりましたよね。…私に対しては特に」

〇〇:「…わかる?」

中西:「わかりますよ…。最初すごいぎこちなかったですし」

〇〇:「…本当に申し訳ない」

中西:「いやいや…、色々ありすぎましたし…。こちらこそすいませんでした」


いくつ年下の子に気を使われてるんだろう。

本当に情けない。


〇〇:「ちょっと座ろうか」


スタジオの隅にある、見学者が座ったり、セットチェンジ中の演者が待機するための簡易的な休憩スペースに腰掛け、改めてスタジオを眺める。

メンバーはみなそれぞれ、メンバー同士やスタッフの方々と思い出話に花を咲かせている。

少しくらいなら、長話してもいいだろう。


〇〇:「実は最初の頃、ちょっと中西と接するのが怖かったんだ。中西と岡本は最初、いきなり波乱だったしさ」


華やかな芸能界、キラキラと輝くアイドル生活。今この瞬間もそんな世界に憧れ、夢を抱いてやってくる少女達。

そんなきらびやかさのすぐ裏で、恐ろしい悪意は息を潜めてこちらをみている。彼女達の気の緩みを、油断を、慢心を待っている。

そしてその悪意は日々勢いを増し、ついにはアイドルとしての心構えを持つ暇すら与えず、中西と岡本に襲いかかった。


なんて恐ろしいことなんだろう。

アイドルの自覚。なんて言葉もまだよくわからないけれど、それでもそう言われるような行動してしまったんならまだ理解は出来る。

でも彼女達はその自覚すら持つ間もなく、打ちのめされてしまった。

ただ夢を追いかけて走ることに専念することも許されず、これからずっとそんな恐怖と相対し続けなければならないのか?


〇〇:「だから正直、2人が辞退せず、復帰することを決めた時はすごく驚いた。なんて強い子達なんだろって。それと同時に自分はなんて情けないんだろって思い知らされた」


そんな彼女達と自分はちゃんと向き合えていたか?

彼女達に寄り添うための努力を尽くしていたか?


〇〇:「中西はセンターへの抜擢もあって、不安やプレッシャーもあっただろうに。こんな情けないやつがマネージャーだったせいで、辛い思いさせた」

中西:「…〇〇さんは一生懸命やろうとしてくれたじゃないですか。マネージャーになったばかりだったのに、私達のせいで大変な思いさせて、それなのにこれ以上迷惑かけちゃったら良くないって私達が素直に相談したり、頼ったり出来なかったってだけで…」


きっと正解はないんだと思う。

あの頃、たとえどんな対応をしていたとしても後悔は残っただろう。


〇〇:「…俺、昔音楽で生きていくって夢があったんだよね。高校卒業くらいまでは本気で。でも東京に出てきて、いざ走り始めたら、自分がいかに狭い世界でいい気になってたか思い知らされた」


この世界にはとてつもない光を放つ存在が、そこら中にいた。

それでも、実際日の目を見るのはそこからさらに一握りの存在だけ。


〇〇:「それでも頑張ってれば、いつかきっと…ってしばらく音楽続けてた」


努力は必ず報われる。

アイドルの大先輩の言葉。


〇〇:「でも長くは続かなかった。ポッキリ折れて、それでも音楽から離れられなくて、この会社に入って、今は5期のみんなのマネージャーをやってる」


勇気をもらえる言葉だと思う。

だけど、

努力し続けることが出来る人だから報われる。

なんだと思う。


〇〇:「そんな逃げ出した俺が、あれだけ打ちのめされても立ち上がって、また歩き出した子達に言えることなんてあるのかなってずっと思ってた。特に中西は俺が大好きで、憧れた世界で活躍出来るだけのモノを持ってて…そんな子にどんな顔して、何を言ってあげればいいんだって。頭の中からそんな考えが消えなかった」


光が多いところでは、影も強くなる。

中西アルノという光と直面した時、俺は自分の中にある影が濃くなることに怯んだんだって今なら分かる。


〇〇:「あー、話がずいぶん脱線しちゃったな。乃木スタが始まってからみんなや、中西への対応変わったのは、中西が初登場してfirst loveを歌った日がきっかけだよ」

中西:「えっ…、どういうことですか?」

〇〇:「あの日、俺は歌い終わった中西を見て、やっぱうまいな。これからきっと色んな人に見つかって、この子の世界は広がってくんだろうなって思った」


それは間違っていない。現に、今少しずつ、彼女の世界は広がっていってると思う。


〇〇:「けどさ、同期のみんながポロポロ泣きながら中西を迎えた時、気づいたんだよ。

俺はいつの間にかみんなと同じ速度で、同じ目線で走ろうとしてた」

中西:「…それはダメなことなんですか?」

〇〇:「…ダメだよ。俺はみんなより前を走って、これからみんなが通る道を考えるのが仕事なんだから」

中西:「あ…」

〇〇:「この道は安全かな、とか。この道は険しいけど、渡りきれたらきっといい経験になるよな、とか。平坦で通りやすい道だけど、みんなのためになるのかな、とか。みんなが“今”に集中できるように先のことを考えないといけなかったんだ」


今にして思えば何を当たり前のこと言ってるんだと呆れ返るけれど。

気づくのにずいぶんと時間がかかった。


〇〇:「そもそも本当の意味で一緒に走ってる同期達以上に、歳も立場も性別も違う俺が同じ目線なんて持てるわけないんだよな。乃木スタライブで井上がポロポロ泣きながら、うちのアルノはすごいんだぞ!って言ったのを見たとき、ますます実感したよ」


自分の事をこんなに認めてくれる仲間がいる。なんて幸せなことだろう。

涙が出るくらい褒めたくなる仲間がいる。

なんて誇らしいことだろう。


〇〇:「あ、でももちろん、違う目線から寄り添うことは出来ると思ってるから、必要な時は全力でサポートするよ」

中西:「……はい。ありがとうございます」


改めて、

目線だけでなく、体ごと中西と向き合う。


〇〇:「実は5期生の中で、1番怖かったのは中西アルノでした。そして。実は今1番感謝してるのは中西アルノです」


礼。

可能な限り。

感謝が伝わるように。

丁寧に。


〇〇:「ありがとう。俺に自分と弱さと向き合うきっかけをくれて。俺に、変化をもたらしてくれて」


それと


〇〇:「これからもよろしく」


中西も同じように頭を下げる気配がする。


中西:「…こちらこそ、よろしくお願いします」


二人同時に顔を上げると、徐々に解散の雰囲気が漂いだしたスタジオの中央へと歩き出す。


〇〇:「この恩を返すという意味でも、そのうちなんか奢るわ…」

中西:「あ、じゃあいっこお願いがあるんですけど、それ聞いてもらえないですか?」

〇〇:「え、俺に出来ることならなんでもいけど、家買ってとかそんなんは無理よ?」

中西:「笑 そんなこと頼みませんよ! …〇〇さんの音楽聴きたいです」


思わず立ち止まってしまう。


〇〇:「…いやいやいやいやいや、なんでそうなる?」

中西:「え、やっぱり気になるし、色んな音楽聞いたほうが勉強になるかなって」

〇〇:「いやいやいやいやいやいや、泣かず飛ばずだったって言ったでしょ?勉強になるわけ無いでしょ?」

小西:「え〜、なんでもって言ったじゃないですか〜」

〇〇:「いやまぁ、言いましたけど…」

小西:「あ~あ〜、あれ嘘だったんだぁ〜。やっぱ私への対応ってそんな感じなんだなぁ」


したたかなやつだな。
設楽さんが乃木中で結構強めに中西をいじるの、この子のこういうしたたかさというか、心の強さを察して、このくらいのいじりならへこたれずにリアクション出来るって信頼があったりするのかな。と思いながら反論を考えていると、スマホのタイマーが鳴り響く。


〇〇:「はい!そろそろ時間!改めてみんなで挨拶するから集合!」

小西:「あっ、ずるい!」

〇〇:「ずるくないです!仕事なんで!」


小走りに移動する俺の後に中西が続く。


強すぎる光を正面から浴びて、俺は確かに怯んでしまった。

でも今はこの光を、可能な限り後悔しない道へ導いてくのが俺の仕事。

光は俺の背中を照らしていて、それによって俺の前に影ができているけれど、その影を払い除けながら道を探すのが俺の戦い。


どんなすごい人でも、過去を変えることは出来ないけれど、戦って未来を勝ち取ることは出来る。それは、この子達を見ていれば分かる。


だから、ここからはもう逃げない。

全身全霊、立ち向かっていこう。






〜〜〜〜〜






〇〇:「いや、そんなことある?」


挨拶終了後、メンバーを乗せてそれぞれ最寄り駅や次の現場、気になるお店付近などなどへ送り届けると、車内に最後まで残ったのは中西だった。


中西:「アーアー、ワタシモアノオミセ、イキタカッタナー。デモシゴトジャ、ショウガナイナー」

〇〇:「表現力どこやった」


清々しいほどの棒読み。


〇〇:「…はぁ〜。わかりましたよ」


ちょうど信号が赤に変わり、車を停止させカーオーディオを操作する。


〇〇:「自分の音源なんて手元にないから、当時から好きでよく歌ってたのを歌うってことで勘弁してくれ…」

中西:「お〜笑」

〇〇:「ヘラヘラしてんじゃないよまったく」


忘年会で謳うことになった。位の気持ちで行けばいいや。よくあるよくある。

…あるか?


トランペットが印象的なイントロが流れ出す。やっぱりこのアレンジが1番好きだな。

今日この勢いを逃して、日を改めて。
なんてなってたらとてもじゃないが耐えられない。

下手したら当時の自分の音源まで引っ張り出す羽目になりかねないし。


信号が変わり、ゆっくりとアクセルを踏む。

あくまでも安全運転の片手間に歌うだけだ。





-世の中では愛の歌が色々書かれてるけど、それは私のためのものじゃないし-

-頭上では幸運の星が輝いてるけど、それは私のためではないし-

-愛に導かれるまま歩いていたら、暗雲が立ち込めてきたの-

-ロシア演劇でも見ないくらいのね-

-恋に落ちてあんなふうになっちゃうなんて、ほんと馬鹿みたい-

-あーあ、まったく…嫌になっちゃう-

-私は彼とのキスの記憶も消しされないでいる-

-彼は私のものじゃない。そう思っているのに-






〜〜〜〜〜



〇〇:「はいはい、着きましたよ。降りた降りた〜」

中西:「はぁ〜い」

〇〇:「まったくいつまでもヘラヘラと…」

中西:「笑」


ドアが開く音を聞きながら、助手席の荷物を手に取る。ふと後部座席に目を向けると、スマホが置きっぱなしになっていたので


〇〇:「中西、スマホ忘れてる」

中西:「あっ、ハッ!」

〇〇:「…大丈夫?」 

中西:「…頭うちました〜」

〇〇:「…今思い出したことがあるわ」

中西:「何をですか?」

〇〇:「対応が変わったのは乃木スタがきっかけだったけど、中西ってあんま怖くないかもって思ったきっかけは乃木中のスポーツ女王企画で中西できないの。になってた時だわ」

中西:「…それは別に思い出さなくていいです」




actually END…



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