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レンタルビデオ店 第3話

中村のおばちゃんからのクレーム
11月最初の土曜日、開店と同時に忙しかった。土日の雨の日は店内は混む。だから今日のシフトは店長、僕、それと2学年下の哲也の3人で対応している。
気がつけばあっという間に開店から3時間が過ぎていた。
僕は液晶テレビをはじめとする周辺機器の埃を、モップで払っていた。じゃんけんで負けた哲也はトイレ掃除中。テレビ画面では店長お勧めのアニメが流れている。少しは僕の意見を聞いてくれたようで嬉しい。
「来月入荷する商品は決まったんですか?」
僕は何気なく店長に聞いた。
「とりあえず、急ぎで50作品」
店長は口髭を触りながら答えた。
「50作品のうち、洋画は何作ですか?」
「全部アダルトだよ」
「ええっ! そうなんですか?」
「そうだよ。店の売り上げの5割はアダルトなんだからさ」

店長は商品カタログを閉じて脇に置くと、パソコンの前に座りながら言った。
「TAKAYUKI君もアダルトビデオメーカーの営業マンになれば? 人材不足みたいだから」
「それいいじゃないですか! TAKAYUKI君にピッタリですよ」
哲也がトイレ掃除から戻って来た。
「哲、俺の何を知っているんだ。店長、僕の就職先を考えているのなら、もうちょっと良いところがあるでしょ?」
「昨日来たAVメーカーの営業マンは、月給30万円だって言ってたよ」
矢継ぎ早に店長が言った。
「いいっすね~。俺が入社しようかな?」
哲がおどけて言ってきた。丸坊主で190センチを超える哲。この体格で柔道3段。怖いもの知らずの若造だ。
「哲はまだ2年生だろ。しかも優秀な猿蛸大学じゃないか。ちゃんと卒業した方がいい」
そう言うと僕は小さくため息をついた。確かに僕はまだ就職先が決まっていない。卒業単位は残り10単位だからほぼ卒業は確定。大学に通うのは週に1回。だけど僕にはやりたい仕事が見つからずにいたのだ。

掛け時計の鳩が鳴いた。時刻は13時になった。
「哲、昼飯行って来い」
僕の問いかけに哲がエプロンを外した。
「じゃ、お先に行ってきやす」
 
店の電話が鳴った。僕は店長を制して受話器を取った。
「お電話ありがとうございます。ビデオ…」
「TAKAYUKI君? 一体全体どういう事かしら!」
僕の言葉を遮ったのは、中村のおばちゃんだった。
「どうされました?」
僕は患者に尋ねる医者のような口調になってしまった。
「先日、TAKAYUKI君に勧めてもらった作品、なんで最後に主人公が死んじゃうわけ? この作品は何を伝えたかったのかしら?」
臼井と同様、この店の常連客である中村のおばちゃんは、新作と併せて毎回僕のお勧め映画を1本レンタルしてくれる五十代の金持ち主婦である。
「ご指摘の通り、ストーリーが物議を醸して、公開延期になった問題作なんです。この作品が何を伝えたいのかは主人公が最後に亡くなる観点から、いろいろ想像してもらうのが狙いなんです」
「私が狙っているのはストーリーじゃないのよ。主人公の心の葛藤を一緒に感じて、一緒に思いを馳せて、最後はハッピーエンドを迎えたいの。ハッピーエンドの作品じゃなきゃ納得できないのよ………」
まさにクレーマーである。常連客クレーマー。一番たちが悪い。ほぼ毎回僕のお勧め作品にケチをつけてくる中村のおばちゃん。お勧め映画を紹介しないという選択もあるにはあるけど、僕は断れずにいた。
「少々お待ちください。」
僕は保留ボタンを押した。
「店長、代わって下さい」
僕は店長に助けを求めた。
「り、両替に行ってくる」
店長が自動ドアから出て行った。
僕は失望感に襲われた。このまま辞めてしまおうかな?
僕は保留ボタンを押した。
「お待たせしました。中村さんがたまには意外性のある作品が観たいと申されたので、あえてこの作品を選んだのですが、方向性が合わなくて申し訳ありません」
「選んでくれた気持ちは分かるけどね~TAKAYUKI君。でも主人公が死んじゃうのはエンターテイメントとして、どう考えればいいのかしらっ…」
中村のおばちゃんの声が少し上ずった。ラストシーンを思い出したのだろう。どう説明すれば良いのか。映画評論家でもない単なるアルバイトの僕に、映画の哲学を語れと言うのか?
「では次回からハッピーエンドの作品をご用意しておきますので、今回は勘弁して頂けませんか?」
僕は同情をこめて言った。
「そうねぇ~わかったわ」
中村のおばちゃんが洟をすする音が聞こえた。
「ごめんなさいね~毎回毎回。また連絡頂戴ね? 店長にも宜しく伝えてちょうだい」
ガチャンと音がして電話が切れた。
 
僕は大きくため息をついた。これで時給1050円は安い。クレーム処理まで担当するのなら、1200円は欲しい。だって助けを求めた店長は両替に行って逃げちゃうのだから。

再び店の電話が鳴った。
ディスプレイに≪臼井≫と表示されている。マジか?
その時、自動ドアが開いた。僕はそちらに視線を向けた。美桜が微笑みながらレジカウンターに向かってきた。
この時、僕は美桜がエンジェルに見えた。
僕は臼井の電話をスルーした。誰が出るもんか。来店されたお客様が優先なんじゃ!
「こんにちは。返却にきました」
美桜は今日も上下白色のジャージ姿だ。
「お預かりします」
僕はレンタルケースを受取った。
「僕がおすすめした3枚とも面白かった?」
一応確認してみる。
「もちろん。中でも真実の烏賊が最高でした」
美桜が破顔した。僕は正直、真実の烏賊が気に入ってもらえるとは思わなかった。
「TAKAYUKIさん。今度、試合を見に来てもらえませんか?」
美桜が唐突に聞いてきた。
「いいけど。何の試合?」
「それは来てからのお楽しみです。それと真実の烏賊を超える作品が見たいです」

翌日、僕は美桜に言われた試合会場に向かった。


【つづく】

どの店舗でもクレームは発生しますよね。それを対応・対処するのが社員や店長のはずなのに、当時の髭店長は僕に任せて逃げているばかりでしたw

第4話もお楽しみに☆彡

https://note.com/kind_willet742/n/n279caad02bb7?sub_rt=share_pw

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