見出し画像

「赤ちゃんにビタミンKを飲ませるのはなぜですか?」

皆さん、こんにちは、こんばんは、おはようございます! 今回のすくナビ担当は新生児専門医の和田です。
今回は“教えて!近大先生〜新生児・乳児編”です。小児科の外来でよくいただくご質問にお答えするシリーズです。

今回のご質問は1か月健診に来られたお母様からです。

「3年前に上の子をお産したときは、ビタミンKのシロップを1か月健診の時に飲ませて終わりだったのに、この子には3か月まで週1回飲ませましょうと言われました。なぜですか?そもそも赤ちゃんにビタミンKを飲ませるのはなぜですか?」

早速ですが回答です。

「赤ちゃんの頭蓋内出血を防ぎ、死亡や障害を防ぐためです」

いきなり重々しい言葉を使ってしまいましたが、このようにお答えした理由を3つに分けてご説明します!

1.  出血を止めるにはビタミンKが不可欠です。

2.  新生児・乳児はビタミンKが不足しやすいのです。

3.  3か月までビタミンKが与えられた乳児には頭蓋内出血が起こっていません。

それでは、順番にもう少し詳しく説明していきましょう。

1.  出血を止めるにはビタミンKが不可欠です。

出血、すなわち血管の破綻が起こると血液中の凝固因子というタンパク質が次々と活性化されて、最終的に安定化フィブリンが産生され、これが出血の起こった血管を塞ぐことで止血が完了します。ところが凝固因子のいくつかは、活性化するためにビタミンKが不可欠なのです。したがって、ビタミンKが不足した状態では止血が十分に起こらず出血が続く、ビタミンK欠乏性出血症が発症しやすくなります。
(血が止まる仕組みについてはすくナビ「くりかえす鼻血」https://note.com/kindai_ped/n/n42544ce2b2fa で詳しく解説されているのでご覧ください!)

 2. 新生児・乳児はビタミンKが不足しやすいのです。

「ビタミン」は聞き慣れた言葉ですが、そもそも何のことでしょうか。簡単に言うと「人間が健康であるために不可欠だが、人間自身では作り出せないもの」と言えます。私たちはビタミンKを食事から摂取し、体内では腸内細菌叢がビタミンKを産生しています。一方、新生児ではビタミンKの胎盤透過性が低いために出生時の備蓄は乏しく、母乳中のビタミンK含有量も少ない、さらに腸管内の細菌叢が十分に形成されておらず腸内細菌叢によるビタミンK産生も期待できません。そもそも生後早期は肝臓が未熟で凝固因子の合成自体が不十分ということもあり、新生児はビタミンK欠乏性出血症を発症しやすいのです。ビタミンK欠乏性出血症の症状は、生後早期は吐血・下血ですが、生後2週以降に発症する遅発型では頭蓋内出血が多く、死亡や後遺障害が多くなります。

 

3.  3か月までビタミンKが与えられた乳児には頭蓋内出血が起こっていません。

かつては4000出生に1人の乳児が死亡や後遺障害をもたらすビタミンK欠乏性出血症を起こしていました。そこで1989年に出生後早期、産科退院時、1か月健診時の3回、赤ちゃんにビタミンKを予防投与することが推奨されるようになり、ビタミンK欠乏性出血症は激減しました。しかし、2005年の調査で5年間に71例のビタミンK欠乏性出血症が起こっていたこと、しかもそのうち21例はビタミンKが3回与えられていた乳児だったことがわかったのです。そこで2010年に日本小児科学会が出生後、産科退院時、その後3か月になるまで週に1回、合計13回ビタミンKを与える3か月法を提案したのですが、強い推奨ではなかったために広く普及しませんでした。そのため、その後の調査でも3年間に14例のビタミンK欠乏性の頭蓋内出血が報告されました。ところが14例のうちにビタミンKの内服が3か月法で行われた例はなかったのです。すなわち合計13回ビタミンKを与えられた乳児ではビタミンK欠乏が原因と考えられる頭蓋内出血の発症がなかったことがわかりました。これを受けて、2021年11月に日本小児科学会や日本産婦人科学会など関連の16団体が連名で「出生後早期、退院前、その後は3か月になるまで週1回ビタミンKを投与する」ように提言しました。これ以降、ほとんどの産科施設で3か月になるまで合計13回ビタミンKを与えるようになったのです。
めでたし、めでたし、と言いたいところですが、現在でも赤ちゃんにビタミンKを与えることに懐疑的なご家族もいらっしゃいます。純粋に「生まれたばかりの赤ちゃんに何が入っているのかわからない薬を飲ませるのは心配だ」と不安に思われる方や、SNS上の「ビタミンKを飲むと自閉症になる」といった類のデマを信じてしまっている方、「他の動物はビタミンKなど飲まなくてもちゃんと育っている」といった自然回帰派の方、さらには「ビタミンKを3か月までなんて、製薬会社が儲けるために医者とグルになって言っているだけだ」と陰謀論に染まっている方など様々な理由があるようです。薬と聞くと漠然と「何が入っているのかわからない」と思われるのかもしれませんが、赤ちゃんに与えるビタミンK製剤は医療用の医薬品です。医薬品は成分、含有物がすべて明らかにされており、法律に則って有効性、安全性が承認され、製造、品質管理の方法も法定基準を満たすことが求められています。また、副作用があった場合は報告が義務付けられています。「企業秘密」などないのです。理論上はビタミンKの過剰摂取で貧血などの過剰症状が起こるとされますが、これまでビタミンK を3か月まで投与された児に過剰症が起こったという報告はなく、欧米でも以前から3 か月法を採用している国がたくさんあります。ビタミンKシロップの薬剤添付文書に副作用の記載はなく安全な薬剤と言えます。もちろん、ビタミンKを与えられたお子さんに自閉症が増えるという医学的根拠はありません。また、確かに野生の哺乳動物が出生時にビタミンKを与えられることはありませんが、飼育されているチンパンジーでさえ、生後1年以内に死亡する率は日本におけるヒトの乳児死亡率の100倍以上になります。我々は滅菌されたハサミで臍帯を切り、アルコールで手指を消毒してから赤ちゃんに触り、必要に応じて児に人工乳を与え、ビタミンKを与えるという「不自然」な行いによって乳児死亡を1000出生中の2人未満にまでしてきたのです。これが地球上で唯一、食物を加熱して食べる我々人類の自然な姿だと筆者は考えています。ビタミンK投与以外に新生児のビタミンK欠乏性出血症を予防しうる代替治療法は存在しません。効果を謳っている民間療法に科学的根拠も効果もないのです。

ここまでのお話で「赤ちゃんにビタミンKを飲ませるのはなぜですか?」のご質問に「赤ちゃんの頭蓋内出血を防ぎ、死亡や障害を防ぐためです」とお答えした理由がご理解いただけましたでしょうか。
近畿大学病院小児科・思春期科では「健康について知ってもらうことで、こどもたちの幸せと明るい未来を守れる社会を目指して」をコンセプトに、こどもの健康に関する情報を発信しています。これからもよろしくお願いします。
 
参考文献
1)  千葉洋夫.BFHだからこそ覚えておきたい母乳に足りないものービタミンK欠乏とビタミンD欠乏―仙台医療センター医学雑誌Vol.12, 73-80,2022
2)  ケイツーシロップ0.2% 添付文書https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00052439.pdf
3)  京都大学野生動物研究センター.チンパンジーの平均寿命https://www.wrc.kyoto-u.ac.jp/ja/publications/KristinHavercamp/kagaku216.html


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?