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全ての時間を、賭けてみる。

久しぶりにnoteにログインしました。毎日YAGURAのことを考えています。今年、2023年は公式サイトもワンランク上の感じになりました。一度見てみてください。

さて、今年の出演者ですが、KINEMAS / KINEMAS beatnik / いとまとあやこ が第一弾で発表されています。はい、我々の身内です。来るの分かってますよね。日取りも決めてまして、KINEMASは両日出演(今年は10/7土曜・10/8日曜の2デイズ)、beatnikは10/7土曜のみ、いとまとあやこは10/8日曜のみ出演です。


こんなのも作りました

自分のこだわり、をここに書くことは、つまりそういう仕組みになってないイベントを暗に否定することになりかねないので難しいのですが・・・

せっかく遠路はるばる荘川まで来てもらうので、少しでも長めの演奏時間で組めた方がいいよね、とか。お客さんの2ステージ間の移動中もご飯等々楽しんでほしいので、そこも少し時間に余裕があった方がいいよね、とか。

こういうのは、そのイベントのロケーションとか理念とかにもよるけど、YAGURAはKINEMASというミュージシャン主催のイベントですので「自分が出演者だったら嫌だな」と思う部分は極力排除したいし、でもその反面「ここを削ると、もう一組お誘いできるよな」とか。色んな人の顔もちらつくしで。様々な葛藤と日々闘っています。

去年は一日のオールナイトで、それはそれでエキサイトした部分もありましたが、手が、気持ちが、回らなかった部分も沢山ありました。

せっかくあの場所まで来てもらったのに・・・と、もうちょっとゆっくり楽しんでもらえるような感じでも良かったよな、とか。荘川の自然の中で過ごす夜と、ライブで、DJで、狂ったように踊り続けるあの瞬間が、同居できるようなタイムテーブルとはどういう時間軸なんだろう、とか。

そして、これが自分にとっては一番大切で、実は一番余計な感情なのかもしれないけど・・・あの場所まで来てくれるミュージシャン、特に今のYAGURAの状況で、あの場所まで来てくれるミュージシャンへの感謝の気持ちがとても強くて。

当然自分が知らないバンドなんか一組もいなくて。全てのバンドと、自分との間にストーリーや歴史があって。音楽も知ってるし、人間も知っている。だからこそそれぞれが、よりよく見えるようにしたい。そんな気持ちがあって、なんとそもそもまだ全組誘えていません。

それは決して優劣じゃなくて。ミュージシャンみんなに、そもそも荘川来るだけで楽しいなって思ってもらいたいから。こっちも本気だから。そういう絶妙なバランスの積み重ねでYAGURAは出来ています。なので、ずっと誘ってなかったバンドをはじめて誘ったりとか、そういうことも起きたりしています。

本当に、なんといえばいいのか。全てのバンドに歴史と、自分達とのストーリーや、人生があります。SNSとか、ネットの評判とか。浅瀬で見えるものや数に左右されない、対面を続けてきた私たちの、その葛藤を知るが故のリスペクトとか・・・人気の有無とか、お金がとかじゃなくて。人生の、この世に生を受けて、今同じ時代を生きているということが。そこはバンドに限らず、出会う全ての人がそうなんですが。そういうものを大事にしたくて、そういうものの行きつく先として、YAGURAをやっている。という側面もあります。

「お金って大丈夫なんですか?」と、特に会場に来たことある人には聞かれます。当然大丈夫なわけはなくて笑、色んな人に色んなことで甘えまくってますが・・・まだまだめちゃくちゃ赤字です。国や市や町から予算がでるわけでもありません。じゃあどうするかというと、とにかく一年中働いてます。僕が。毎朝8時から24時まで週7で。

もちろんずっと机に向かい続けてる、とかは無理なんで(そういう仕事ばかりでもないし)。精神的に潰れて楽しめなくなったら意味ないし、外で酒飲んだり人と会ったりもしますが、とにかく時間が無さ過ぎて笑、最近は自走する移動は極力減らしました。バスに乗ったり電車に乗ってるうちはスマホでも仕事できるし。時代に感謝ですね。

そうやって生活の隙間に、「もう疲れた!」と横になるその瞬間とか、そういう所でも仕事のタスクが進んでいくように、生活の習慣から変えていきました。変えざるを得なかった、というのが正しいですが。

自分がつぶれるのが先か、YAGURAが赤字じゃなくなるのが先か。極端だ、とか、無理しすぎだよ、ってご心配いただくこともありますが・・・でもこれ、自分がやりたいっていって始めたことだから。他人に言われてやってることじゃないから。これに音楽人生かけてるから。

沢山の人が関わってくれて、支えてくれて、負担を引き受けてくれています。じゃあ自分がダントツ一番負担を背負わなきゃだめだろ。365日24時間やれよ。そこが最初の一歩だろ。って。その土台があって、はじめて人に頼ったり、人やバンドを誘うことができるなって思うんですね。

自分がぶっちぎりで一番やった。誰よりも。本当に人生をかけてやってきたと。YAGURAの全てが終わる時、自分がYAGURAから身を引く時、それは自分の音楽活動の終着点だと思いますが、胸を張ってそう思いたいんで。結果がどうとか、利点がどうとか、集客がとか、意味があるとかないとか・・・いちいちうるせえよ笑。もうとっくに他人軸で人生やってないから。

18歳、青春18切符で片道10時間、高校の同級生5人でAIR JAM 2000に行って。トリのハイスタが終わり、花火が打ちあがった時に「いつか自分もフェスをやりたい」と思いました。そこからずっと頭の片隅にあったその気持ちを胸に、野外でライブを企画したり、FUJIROCKに出店してみたりと、20年間、いつか来る時に備えて下積みをしてきました。

なので、2011年、AIR JAMが復活した時は、嬉しかったけど、それ以上に悔しかった。心の底から自分にムカついた。この人たちが止まっていた間、自分は何やってたんだと。結局ぼやぼややってただけじゃねーかと。やれることをやれる範囲でやってただけの人生だったのか、と思いました。情けなかったな自分が。もっとやらなきゃ、本気で生きなきゃ。と、震災があったことも含めて、そう改めて思えた瞬間でもありました。

規模を大きくしよう、有名になろう、とか思っているわけじゃなくて、ただただ納得したい。これが自分の人生の正解だ!と言い切れるところまで、無数の試行錯誤を繰り返した先でたどり着きたい。

自分の言ってることも、思ってることも、やってることも、創ってるものも、全て。時代の正解にはならなくても、自分の正解にはしないといけない。

自分の曲だって、究極自分が好きだったらそれでいい。まあ、わかんないやつがセンスないだけ、って思って生きてるんだけど笑。

その先でたどり着いた場所が、支えてくれた人たちに沢山恩返しできるようなものであったらいいなと思ってます。

・・・と、長々書きましたが、つまり「オファー届いたら出てね。」というブログでした。ということで今年も引き続きよろしくお願いします。







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