夢見夕利先生『魔女に首輪は付けられない』読書感想文
「魔女に首輪を付けなさい」
先生はそう仰いました。
話はおよそ24時間前に遡ります。
「アーガイル、お前をこの家から追放する!」
夏休みの初日。
追放ものライトノベルの書き出しみたいなことを兄に言われました。
必要最低限の着替えと筆記用具などを鞄に詰め込まれ、それと一緒に馬車に叩き込まれます。
ごっとんごっとんと揺れる馬車の中で僕は、思ったより早かったなと感じていました。
こうなってしまった理由はわかります。
十四歳の兄の魔力はとても高く、九歳の僕の魔力は実に低いからです。
だから長い休みを利用して、優秀な魔女の元で魔力を高める修行をさせられるのでしょう。
なんやかんやで魔力がものをいう世の中です。
それを持たざるものは、将来の選択肢が極端に少なくなってしまいます。
僕は将来、声優を目指しているので魔力なんていらないと考えていたものの、兄曰く、最近の声優さんは声の演技だけではなく、歌って踊ってドラゴンの一匹でも召喚できなくてはデビューさせてもらえないそうなのです。
言われてみれば、確かにそうかもしれません。
僕の尊敬する声優さんたちは、声も魔法も卓越しています。
ならば僕も、そうあるべきでしょう。
いい感じに腹を括ったタイミングで、馬車は目的地に到着しました。
無理やり太らせた大樹に扉をつけたような建物がありました。
一般的な魔女の家です。
ノックをすると、入りなさい、と声がします。
思っていたより若い声です。
扉を開けると、兄と同い年くらいの女の子が、ほんのりとした笑顔で迎えてくれました。
「ようこそ、アーガイル」
どうやら自己紹介は必要ないみたいです。
僕は魔女さんにお名前を訊ねてみると、彼女は「私は魔女だよ」と微笑みます。そして「これからきみの先生でもある」と言いました。
長旅で疲れただろう、今日はもう休みなさい。
そう言って、先生は僕に部屋を用意してくれました。
木造というのか木製というべきなのか、この樹の家の中は吹き抜けになっていて、家の中心には大黒柱のような螺旋階段が高く伸び、二階、三階といった地点には作りかけの蜘蛛の巣みたいな細い通路でそれぞれの部屋にいけるようになっていました。
僕の部屋は三階にありました。ドアを開けるとそれなりの広さのある空間に机とベッドがあります。
ちなみにトイレは地下で、お風呂はなく、入りたくなったらここを出て東に少し歩いた所に池があるので、そこに飛び込めと教わりました。
魔法の施してある池で、服のまま入っても溺れることなく、衣類や体の汚れを落として、池から出れば勝手に乾燥してくれるそうです。
僕は思いました。
東って、どっち?
翌日。
「魔女に首輪を付けなさい」
先生はそう仰いました。
やっと冒頭に戻ってきました。
やっと気になっていたことを訊ねることができます。
「それはなんですか?」と。
すると先生は、質問の意図がわからないなという様子で小首をかしげるのでした。
今さらですが、先生はミステリアス且可愛らしい顔をされています。
「私が今なにをしたか、訊いているのかい?」
「はい」今朝の日経平均を訊ねたりはしていないはずです。
「愚問だとは思うけれど、当然きみはもうこれを読んでいるよね?」
先生は服の首元に手を入れて、そこから一冊の本を取り出しました。
そこに本を入れる人をはじめて見ました。魔女の世界では当たり前のことなのでしょうか。
その本の表紙には女の子が描かれていました。
とても可愛らしく、表情と衣装が目の前にいる先生とよく似ています。
違うところをあげれば、本の女の子は長く白い髪なのに対して、先生は黒い髪を肩にかかる程度に伸ばしています。
「すみません、読んでません。それは有名な魔術書か何かなのですか?」
「小説だよ。同時に優秀な魔導書でもある。この物語にはたくさんの魔女が出てくる。魔女は物語の中にあっても微量の魔力を放ち、それを読む者の魔力と呼応して、ときに読者の魔力に影響を与えるんだ」
「知りませんでした」
「小説は読まないのかい?」
「ときどき読みますよ」
「好きな本は?」
「ルシア・ベルリンの掃除婦のための手引き書です」
「きみ、若いのに渋い本読んでるね」
先生は目を細めて感心しています。
「ではその本を読ませていただいてもいいですか?」
「もちろん」本を持つ手を僕に近づけながら「……あ、やっぱりやめた」と言って、手を引き返し、本を服の中に戻しました。先生の背後には立派な本棚があるのに、あれは飾りなんでしょうか。
どうして? と訊ねる前に、先生は言います。
「きみ、タブレットとか持ってる?」
「はい」鞄の中に着替えなどと一緒に入っているはずです。
「持ってきてくれる?」
三階の部屋に帰って、荷物の中からタブレットを取って、一階に戻ります。地味にしんどいです。
僕からタブレットを渡された先生はそれを手にして「つよつよ最強かわいい魔女の家──と」言いながら画面を何度もタップします。
もしかしてそれはWi-Fiのパスワードなのでしょうか。
「はいどうぞ」
設定が完了したのか、タブレットが返ってきました。
見ると、画面はこのようになっていました。
「勝手にコイン使わないでくださいよ」
「これも修行の一環だよ」
まあ、兄のアカウントなのでいいんですけど。
「じゃあ早速読みたまえ。読み終わったら食事にしよう」
はな歌を機嫌よく奏でながら、部屋の奥にある巨大で不気味な釜に草とか花とか爬虫類とか投げ入れて、ぐつぐつ煮込みはじめます。
その件についてはノーコメントで僕は物語と向き合います。
「……面白かった」
読み終わると同時に、無意識に声がこぼれます。
同時にタブレットの電源が切れてしまいました。
そういえば、ずいぶん充電をしていませんでした。ここにコンセントはあるのでしょうか。
「先生、読み終わりましたよ」
離れた場所にいる背中に声をかけます。
「ごめん、もう少しかかりそうだから、夏休みの宿題とかあったら、そっちを片づけておいて!」
切羽詰まった様子で、釜に猛獣の頭部や、この星にはあってはならない系の生命体などを押し込んでおいでです。
先生も見た目は中学生くらいなので、あれは料理ではなく、美術の宿題でキメラでも作っているのでしょう。
僕も自分の宿題に着手することにします。
自分のいきたい場所に自分でいって、その場所の写真を撮ってくる。
という宿題があります。
僕の行きたい場所。夏休み前から決めています。決まっています。
それはもちろん──
アトレ秋葉原と『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』のコラボです。
あ、そういえば──
MyGO!!!!!の新しいイベント絶賛開催中です。
早速、ガチャを回しましょう──
そういえばMyGO!!!!!といえば
劇場版の制作が決定しました。
この一報を受け、地球上に存在する全ての生命の7割が詩超絆のときのそよさんみたいになったのは、あまりにも有名です。
なお、僕のここ一年で聞いた音楽はこのようになっているみたいです
ここであなたの魔力量をチェック。
5位のアーティストは誰かあててみてください。
ヒントその一、1位から4位のアーティストのYouTube公式チャンネルの登録者数を全部足しても5位の人には勝てません。
ヒントその二、目を細くして遠くから魔力を込めながら見ると、わかる人にはわかります。
「アーガイル、ご飯ができたよ」
呼ばれて、一階のテーブルにつきます。
コンビニのサンドイッチとカップサラダとインスタントのスープがありました。
おいしかったです。
ふと、部屋のすみっこにある、先生がさっきまでぐつぐつやってた釜に目をやると、物騒なフォントで『封』と記されたお札が何枚も貼られていました。釜からはどす黒いオーラがあふれ、なぜかガタンゴトンと、まるで生きものでも入っているみたいに揺れているのですが、僕の人生には関与しないことだと思うので、何も見ていないし、何も聞こえないふりをします。こうして僕は大人になっていくのです。
食事を終えて、僕と先生は広いスペースで向きあいます。
「魔女に首輪を付けなさい」
先生はそう仰いました。
どうしたことでしょう。
いまだに、先生のこれが何なのか僕には理解できません。
「え? もしかしてまだわからない?」
「……はい」
僕は学校の先生に問い詰められている生徒のようです。
『魔女に首輪は付けられない』をしっかりと読んだので、あの作品に関連しているのは間違いありません。
僕はてっきり、先生の発言は作中のキャラクターのマネをしているのだと予想していました。
しかし、作中にそのようなシーンはなかったはずです。
「本当に、わからない?」
いちたすいちがわからないのかと問われている気分ですが、わからないものはわからないのです。僕は正直にならざるをえません。
「はい」
「うそでしょ!」
まるでニンテンドーダイレクトに興味がないと主張する子供と対面したような驚きようです。でもあれにときめくのは二十歳をすぎてからだと僕は思うのです。
「ごめんなさい。わからないです。答えを教えてください」
僕の敗北宣言に先生は「これは羊飼いだよ」と解答を授けてくれました。
「…………」
僕は言葉を失います。
実はこんな僕にも人に自慢できることが一つあります。
僕は記憶力がとてもいいのです。
かなり昔のことでも正確に細部まで覚えて、それを文字や形や言葉にして伝えることができます。
僕はついさっき『魔女に首輪は付けられない』という物語を読みました。
『羊飼い』なんて存在は出てこなかったと記憶しています。
強いてあげるなら、あとがきで作者の夢見夕利先生がこの物語は『羊たちの沈黙』から着想を得たと仰っていたところくらいです。
「すみません先生、僕は物語をちゃんと読んでいなかったみたいです。もしよろしければ羊飼いについて、どんなキャラクターか教えてもらってもいいですか?」
「羊飼いはとても強力な魔女なんだ。その強大な力で他の魔女たちに首輪をつけて、自分に従わせるのさ。ミゼリアに首輪を付けたのも羊飼いなのさ」
先生は本の表紙で微笑んでいるミゼリアの首を指でぽんぽんしています。
「……んん?」
そんなラスボスポジションな人、いましたっけ?
「すみません先生、よろしければ羊飼いの登場シーンの箇所だけでも読ませてもらっていいですか?」
タブレットの充電がなくなっているので、紙の本でなければ読むことができません。
「いや、本には載ってないよ?」
「はい?」
いま何か、とても不思議なことをこの魔女さんは言いましたよね?
「えっと、先生、それは一体どういうことでしょうか?」
九歳にもわかるように教えてほしいです。
「まあ、羊飼いっていうのは、私の考えたオリジナルキャラだからね」
と胸をはります。
「──は?」
僕が先生より年上で相撲レスラーだったら、先生に張り手の一つでも食らわせていたかもしれません。
「いやあ、私も職業柄、魔女系の作品は片っ端から読んでるんだけど、久々の大ヒットだよこれは」本を顔の横でくるくる回しています。「きみもやるだろ? ハマった作品に自分を登場させる妄想」
「自分をオリジナルプリキュアにしたり、フリーレンの仲間になって一緒に旅をしたり、みたいなやつですか?」
「それだよ、それ! で、きみは魔女に首輪は付けられないの中でどういう役割を担っているんだい? あ、わかった。まだ名前が明かされてない魔女の中の一人になってるんだろ?」
それはきっと先生がやっていることなのでしょう。
自分のしていることは相手もしているはずという決めつけは僕もやりがちなので気をつけたいものです。
というか悪役の羊飼いってたぶんキングスマンからパクってますよね?
言いそうになったものの、面倒が増えそうなので僕は先生から目を離します。先生は妄想の世界に浸っているご様子なので問題ないでしょう。
「あ、スイッチがある」
ニンテンドースイッチを発見したので、これで遊ぶとしましょう。
ソフトは
『ベヨネッタ』
『ベヨネッタ2』
『ベヨネッタ3』
『トラブルウィッチーズ』
『魔法使いの夜』
何だろうこのラインナップはと一瞬思ったけれど、魔女関連の作品なんだなと気づきます。
ベヨネッタはクリア済みなので、トラブルウィッチーズとやらをプレイすることにします。
トラブルウィッチーズをクリアしました。
先生はまだ妄想の中。
こうなったら魔法使いの夜もやっていきましょう。
有名な作品なので、きっと素敵な体験が待っていることでしょう。
「おやおやあ? 落ちこぼれのアーガイル君が『まほよ』に手を出そうとしているぞお?」
聞き覚えのある、聞きたくもない声が背後からします。
振り返ると、同じクラスのA君がいます。
なぜここにいるのでしょう?
A君は性格はわりとクズですが、魔力は高いので学校では優等生で通っています。
「アーガイルに『まほよ』は早いと思うけどなあ?」
「なんで?」
「だってきみ、月姫もFateもやってないだろう? 奈須きのこの美意識の象徴たる魔法使いの夜はその両方をクリアしてからじゃないと100%楽しめないんじゃないかなあ」
A君はファンをアンチに変えるタイプの悪いオタクです。
しかしA君のTYPE-MOON作品愛は本物です。
それだけは保証します。
子供のころ「これ絶対泣けるから、すごいから! 人生変わるから!」と全力で月姫を握らせてきた思い出は昨日のことのように覚えています。
パッケージを見た僕は、ときメモみたいな作品かなと思い、ゲーム画面を知りたくてそれをひっくり返すと、一瞬でアカBANされそうなグラフィックがあらわれて、目を疑いました。
「A君、これエッチなやつじゃん! 大人のするゲームじゃん!」
と戸惑う僕に対してA君は
「いや本当に泣けるから! ストーリー本気ですごいから!」
の一点張りです。
我が子が学校のともだちに泣ける泣けるとエロゲーをすすめていることを知れば、きっとA君の親御さんは全米ばりに号泣して、息子の前でパンチボタンを連打することでしょう。
とはいえ僕は、そのときのA君を信じることができませんでした。
なぜならA君はドスケベだったからです。
『To Heart』というゲームがあります。
1997年に発売されたアダルトゲームで絶大な人気を誇り、コンシューマ版が1999年にプレイステーションで発売されました。
A君はこのゲームが大好きでした。
「俺らが大人になったころ、マルチって実在してるかもな」と目を輝かせていました。
幼いころから既に生身の人間と付き合うことを放棄している兵、それがA君という漢なのです。
だから僕はA君にPS版を24時間以内に全キャラクリアすれば隠し要素として18禁モードで遊べるとウソ技を教えました。
翌日から連休で、いつもA君は率先して一緒に遊ぼうと誘ってくるのに、なぜか「連休は用事があるから」と言って足早に帰宅したのです。
連休明けの教室で、干からびたウーパールーパーみたいになってたA君が「お前は人間ではない! お前は人間ではない!」と叫びながら殴りかかってきました。
たぶんA君は生まれてくるのがもう少し早ければ『水晶の龍ので野球拳ができる』というウソ技に盛大に釣られた後にファミマガの編集部にロケットランチャーを撃ち込んでいたと思います。
ちなみに僕は今でもA君からもらった月姫を大切に保管しています。
せっかくなので今こそ月姫をプレイするべきなのではとケースを開けると、中には一枚のCD-ROMがありました。
Windows上で起動とのことですが、僕のPCにはディスクドライブがありません。
そういえば押し入れにXboxとかいうイーロン・マスクが趣味で作ったとしか思えない名前のゲーム機があって、あれはWindows OSだったような気がします。
さっそくXboxにディスクを挿入します。
さあ、泣いて驚愕して人生を変えてもらいましょう!
と意気込んだのも束の間、ゲームがはじまる気配がありません。
悪いのはXbox? 月姫? それともイーロン?
一番いいバージョンのやつを買います。
「アーガイル!」
聞き覚えのある声が僕の名を叫びながら魔女の家に飛び込んできました。
兄です。
「ああ、愛しいアーガイル、こんなおそろしい魔女の檻に幽閉されて、一体誰がこんな無慈悲なことを?」
あなたですよね?
「やれやれ、三日も持たないとはなさけない」
いつの間にかシラフに戻った先生があきれた瞳で兄を見つめています。
「どういうことですか?」
僕は先生に訊ねます。
「いい加減そのブラコンをどうにかしろと言ってやったら、自分はブラコンではないなどとぬかすから、だったら弟を何日か私に預けてみせろと言ったら、ご覧の有様さ」
兄は僕をきつく抱きしめようとしてきます。
「なるほど」僕は手を伸ばして、兄を引き剝がしています。「あれ? でも僕の魔力はどうすれば?」
このままでは僕はおちこぼれのままで、声優になれません。
「ああ、それなら心配ご無用だよ」
先生はゴミでもどかすように僕にひっついていた兄を蹴とばすと、えいっと声を上げて僕の背中を平手で一度叩きました。
「いた! なにするんですか?」
「これで治ったよ」
「え?」
「きみの魔力が弱かったのは幼年期でごくまれにある魔力脈の詰まりってやつだよ。ちなみにこれは魔力が強すぎるがゆえに起きる現象だ。心配するな、というかむしろ誇るといい」
「そう、だったんですね」
いまひとつピンときません。
とはいえ、これまでにない力があふれてくるのも確かです。
僕は先生にお礼を伝えようとしました。
できませんでした。
これ以上、こんなおそろしい場所にお前を置いてはおけないと、兄がまるで誘拐でもするように僕を実家に連行したからです。
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