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実践:GLI1変異型間葉系腫瘍 GLI1-altered mesenchymal neoplasms

GLI1は、脳の悪性腫瘍である膠芽腫 glioblastoma から当初見出されたがん遺伝子で、ヘッジホッグシグナル伝達経路に作用するzinc finger型蛋白をコードしており、胎生期における種々の細胞および多くの器官での細胞運命の決定や増殖、パターン形成に関与していることが知られています。この遺伝子の変異(増幅や再構成)を特徴とする稀な非上皮性(間葉系)腫瘍の存在が近年相次いで指摘される様になりました。今回はそのようなGLI1変異型間葉系腫瘍について要点をまとめてみます。


定義

GLI1遺伝子変異(特に融合遺伝子または遺伝子増幅)を伴う非上皮性・間葉系腫瘍であり、骨軟部をはじめ消化管や泌尿生殖器などの多彩な臓器に発生するが、それらの組織形態には多様性があり、発生する臓器によって使用される名称が異なる場合がある(以下の種類を参照)。なお、GLI1遺伝子の増幅は脳腫瘍(膠腫/膠芽腫)や胞巣型横紋肉腫、骨肉腫においても認められた例が報告されているが、それらは本疾患概念には含まれない。(WHO腫瘍組織分類の骨軟部の版には収載されていないが、消化器・消化管の版には記載あり)

種類(発生部位別での名称)

  • 骨軟部・皮膚:pericytoma with t(7;12) translocation/GLI1-altered soft tissue tumor/malignant epithelioid neoplasm with GLI1 gene rearrangements/nested glomoid neoplasm/ cutaneous epithelioid mesenchymal neoplasm with ACTB-GLI1 fusion

  • 口腔内・消化管(食道・胃・小腸):gastroblastoma/GLI1-rearranged enteric tumor/plexiform fibromyxoma/low-grade malignant mesenchymal neoplasm of the jejunum

  • 子宮・卵巣:GLI1-altered mesenchymal tumors/pericytoma with t(7;12) translocation

  • 腎:myxoid and epithelioid mesenchymal tumor of the kidney with  a GLI1-FOXO4 fusion

臨床上の特徴

  • 発症年齢は乳児から高齢者まで様々(1~88歳)であるが、中年に多く(中央値:30代)、性差はない。

  • 発生部位については上記を参照(他に肺の発生例もある)。舌を主とする頭頸部や四肢・体幹部に好発する。

  • 治療として多くの症例では外科的切除が実施されるが、稀に放射線治療や化学療法が施行される場合もある。なお、チロシンキナーゼ阻害薬(pazopanib)が奏功した卵巣発生再発例の報告がある(Expert Opin Drug Discov 16: 289-302, 2021)。

  • 一部は術後に局所再発や遠隔転移をきたす(悪性腫瘍)。ごく稀に死亡例も報告されている(Am J Surg Pathol 46: 677-687, 2022)。なお、pericytoma with t(7;12)/nested glomoid neoplasmは概して低悪性度な腫瘍である。ただし、これまで想定されていたよりも遠隔転移や局所再発率が高く、侵襲性の高い腫瘍であると主張した最近の報告もある(Mod Pathol 37: 100386, 2024)。

病理学的特徴

  • 肉眼上周囲との境界の比較的明瞭な充実性、時に嚢胞状の灰白色から褐色調の腫瘍で、時に内部に出血壊死が見られる。大きさは数cm大(1〜10cm)のことが多いが、稀に20cm大と大型の腫瘍の例も報告されている(Genes Chromosomes Cancer 62: 107-114, 2023)。

  • pericytoma with t(7;12) translocation: 異型性に乏しい紡錘形あるいは円形・類円形細胞がしばしば拡張した薄壁性血管の周囲を取り巻く様に密に増殖した分葉状の構造からなる。

  • plexiform fibromyxoma: 腫瘍細胞の集団がしばしば肥厚した線維性間質により区画された分葉状ないし多結節状、島状に分布し、それらではやや小型の紡錘形ないし短紡錘形細胞が、粘液腫状変化を伴った繊細な線維性間質を背景に連なるように叢状・網目状に配列増殖している。

Plexiform fibromyxoma  (H-E染色)
同腫瘍のCD10陽性所見(免疫染色)
  • nested glomoid neoplasm/myxoid and epithelioid mesenchymal tumor: ほぼ均一な類円形から楕円形で上皮にも類似した腫瘍細胞が、豊富な毛細血管性の間質に取り囲まれた胞巣状から索状、分葉状の配列増殖を示す。腫瘍細胞は濃染性の円形核と少量の淡好酸性あるいは淡明な細胞質を有し、一見神経内分泌腫瘍を彷彿とさせる。時に血管周囲性に腫瘍細胞が増殖することもある。

  • その他:紡錘形の腫瘍細胞が束状に増殖することや、多形細胞が混在して肉腫に類似した様相を示すこと、ロゼット様あるいは小管状構造を示すこともある。

Gastroblastoma (H-E染色):この例ではカルチノイドなどの神経内分泌腫瘍との類似性が見られる
  • 多くの症例で細胞の異型性は目立たないか軽度に見られる程度であり、核分裂像は少なく(0~5/10 HPFs)、壊死もないが、異型性が顕著に見られ、高頻度の核分裂像や壊死を伴う例も稀にある。

  • 免疫染色での特異的なマーカーはないが、CD10やCD56、bcl-2、S-100、SMA、h-caldesmon、cyclin D1がしばしば陽性となり、部分的なcytokeratinやEMA、ER、PgRの陽性所見も認められることがある。synaptophysinやchromogranin A, desmin、CD34、c-kit、DOG1、HMB45、CD99、β-cateninは通常陰性である。なお、MDM2やCDK4、STAT6、DDIT3の発現が認められる例もあり、それらの遺伝子は12q13-15の領域に存在することから、12q13.3に局在するGLI1の遺伝子増幅と関係している可能性が考えられている(Mod Pathol 32: 1617-1626, 2019)。また、最近GLI1の免疫染色が診断に有用(感度90%、特異性98%)という報告がある(Am J Surg Pathol 47: 453-460, 2023)。

  • 本腫瘍の電子顕微鏡的特徴はまだ明らかにされていない。

  • MALAT1::GLI1の異常な転写活性機能及び、GLI1の標的遺伝子の発現を惹起する機能が最近実験的に示されている(BMC Cancer 23: 424, 2023)。

遺伝子変異

  • GLI1遺伝子増幅

  • GLI1融合遺伝子:ACTB::GLI1、MALAT1::GLI1、PTCH1::GLI1、DDIT3::GLI1、HNRNPA1::GLI1、TXNIP::GLI1、RP11-603J24.5::GLI1、NEAT1::GLI1、APOD::GLI1、DERA::GLI1、NCOR2::GLI1、PAMR1::GLI1、GLI1::FOXO4、GLI1::AARS、GLI1::ABCA1、GLI1::ACTG1、GLI1::ADAMTSL2、GLI1::TUBA1A、GLI1::SYT1                                             (*変異の種別によって腫瘍の臨床病理学的所見に特徴や差は見出されていない。)

備考

間葉系腫瘍でのGLI1遺伝子変異は、2004年に報告された舌や胃に発生したpericytoma with t(7;12) translocationで初めて指摘されたものであるが(Am J Pathol 164: 1645-1653)、同腫瘍は組織形態学的にglomus腫瘍の類縁疾患(筋周皮腫 myopericytoma)やかつての血管周皮腫hemangiopericytoma(今日の孤在性線維性腫瘍solitary fibrous tumor)とは異なる独特の腫瘍と想定されていた。その後若年者の胃に発生したplexiform fibromyxomaやgastroblastomaでMALAT1::GLI1融合遺伝子が検出されたことを皮切りに、種々の臓器に発生した間葉系腫瘍において多彩なGLI1融合遺伝子が次々と見出され、近年'malignant epithelioid neoplasms with GLI1 gene rearrangements'や'GLI1-altered mesenchymal neoplasms'などと、GLI1遺伝子変異を基軸としてそれらを包括的に呼称して取り扱うようになった。なお、これらに共通する特徴は目下GLI1遺伝子変異を持つ非上皮性腫瘍ということのみである。ちなみにGLI1の遺伝子変異(増幅)は、当初に見出された膠腫・膠芽腫をはじめ、種々の癌腫(食道、胃、肝臓、乳腺、膵臓など)や悪性黒色腫などでも認められている(J Clin Pathol 73: 228-230, 2020)。また、GLI1-altered mesenchymal neoplasmsの中には上皮性マーカーのcytokeratinやEMAが陽性となる腫瘍も少数ながら含まれており、それらを真の間葉系腫瘍と称して良いのかは疑問に残るところである。また、GLI1遺伝子の増幅に関連してMDM2やCDK4の遺伝子増幅が見られる腫瘍については、同様の遺伝子増幅を有する脱分化型脂肪肉腫や内膜肉腫などとの鑑別も問題となりうる。今後の検討によりそれらの問題点を解決する必要があると思われる。

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