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古建築さんぽ vol.7 曳家岡本の仕事編

築200年の茶室建築の曳家作業

 先日、奈良市の東大寺近くで曳家作業を見学させて頂きました。今回曳家をするのは築200年の茶室。もともとは東大寺の僧侶の所有していた茶室だそうですが、建物の建っている土地の地盤が悪く、地盤改良をして基礎をやり直すために曳家を実施することになったそうです。

そもそも曳家とは?

 普通建物の修復や移築の場合には、いったん部材を解体してやり直しますが、建築物をそのまま解体せずに基礎(建築が建っているベース)と切り離してその場で持ち上げたり、或いは少し動かして、修繕や移築を行う工法を「曳家(ひきや)」といいます。地域によっては「あげ家」「舞いあげ」「曳き舞」とも言うそうです。
 建築物そのものが経年によって傾いたり、或いは今回の茶室のように建物が建っている地盤そのものの状況が悪い、という場合には曳家をして、地盤や基礎・建物の歪み補正などを行ってから、もう一度据え付けることによって、建築物そのものの歴史を守ります。

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今回の作業概要

 写真のブルーシートがかけてある建物と、今回曳家をする茶室はもともとつながっていたそうですが、茶室の基礎をやり直すために、一旦建物を切り離しています。地盤改良には通常だとコンクリートを打つ事が多いそうですが、今回の敷地の前の道路は狭く、コンクリートミキサー車が入ってこられないため、鋼管杭を打ちその上に礎石を置く、という方法をとります。地面の上に建物があると、こういった作業が出来ませんので、建物を6メートル程度移動させてから工事を行い、基礎工事が完了後もう一度元の場所に建物を戻します。

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 切り離され、6メートル程移動した後の茶室です。曳家作業が終わった後に大工さんによる補修工事が入り、屋根の葺きなおしも実施するそうです。

建物を傷つけないために

「建物を引っ張ったり持ち上げたりするから、多少の傷はついても仕方ないでしょ、という考え方は僕たちは絶対しない。」とは、曳家岡本の岡本親方の言葉。建物をゴロゴロと転がす所が曳家の花と思いがちですが、実は傷をつけないために、どこをどのように持ち上げるかを考え、建物を安全に持ち上げ動かすために櫓を組んだり、仮筋で固定したり…といった地道な作業の繰り返しが、曳家作業の真骨頂です。

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建物の軸組補正

 今回の茶室は茅葺屋根ですので屋根部分が大変重たいのですが、それを支えている構造材(柱や梁)は、お茶室独特でとても細いのです。華奢な人が重たい人をおんぶしている様子を考えるとわかりやすいと思いますが、とてもバランスが悪いので、傷つけずに動かすのは至難の業です。また、長い間の経年変化で建築自体が歪んでいるため、その歪みを直さなければいけません。構造の傾きや歪みを直す作業を軸組補正といいます。

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 今回は重い屋根を支えている梁の下で鉄骨を組んで、梁を支えて柱を浮かしています。言うなればUFOキャッチャーのようなもの(古いか)。頭をつかんで固定すると、足元はブラブラになります。柱にかかっていた荷重を開放してブラブラにしてあげれば容易に柱を動かすことが出来るので、足元で歪みを修正するのだそうです。梁を引っ張って倒れた家をおこすやり方とは全く違う考え方です。

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(茅葺の小屋組み。こんな機会でなければ中々見ることが出来ません。)

曳家岡本の資材

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曳家岡本オリジナル、軸組補正用ジャッキ。1個でもかなりの重さがありますから、女性なら持つだけでフラフラですよ。

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こんなふうに押して使うそうです(この画像は岡本親方より拝借しました)

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柱を挟む金物。こうやって挟めば柱に傷をつけません。

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建物を動かす際に使うコロもオリジナル。

 木材は今回はすべてアピトン材が使われています。これも一本でそこそこの重量がありますが、どちらかというと今回は小さな建物で軽い方なので、一番軽い木材を選んだそうです。曳家をする建物の重量や大きさによっては、もっと重い木材を選ぶとか。

それにしてもすごい資材量です。現場に運ぶだけでも一苦労。運搬の条件によって高くついてしまうケースが多々あるのも頷けますね。

曳家の意義

曳家は決して安い工事ではありません。
しかし建物そのものに歴史や価値がある場合、建物だけを修繕するのではなく、その地盤や基礎も含めた構造を補修することで、建物寿命をさらに長くすることが出来るのです。建物保存の技術の一つとして、曳家には大きな存在意義があるのです。

親方によれば、曳家業者にも専門があるそうなので、例えば災害などに遭って家の沈下修正を依頼したい場合にでも、コストだけで比較するのではなく、地盤や建物に対する考え方や、技術力など様々な事を確認して業者を選んだ方が良い、とのことでした。

それにしても、井桁に組まれた櫓の、なんとも美しいこと。

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