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ブータン旅行記 第2章 王国の象徴、ゾン

ブータンの主な観光名所のひとつは、各地に点在するゾンと呼ばれる建物である。
昔は城塞であったらしいが、今は日本でいうところの県庁と寺院とが組み合わさったものとして使用されている。
主要な街には必ずゾンがあり、どれも大きく荘厳で、堂々たる存在感をかもし出している。
特に首都ティンプーにあるタシチョ・ゾンは、国王のオフィスでもあるため、その威厳は、ちょっとすごいものがある。

タシチョ・ゾンは土日ならいつでも入れるが、平日は役人たちの勤務時間が終わった17時以降しか入れない。
私が行ったのは日曜日だったので、昼間から入ることができた。
龍の描かれた大きな国旗が高々と掲げられている横を通り、私たちは入口ゲートへ向かう。
入口は二つあり、一つは「オウサマ」と「エライオボウサン」、つまり国王と国の最高位の僧侶用であり、もう一つが「フツウノヒト」用だとサンゲが説明してくれる。
ゾンに入る前に、サンゲは白い布を取り出し、肩にかけて巻いていた。
これが正装ってことらしい。布の色は身分や役職によって違う。
私はTシャツ姿だったので、パーカーを羽織るようにと言われた。
上着着用ってことだろうけど、パーカーでよかったのだろうか・・・なんだか申し訳ない。

空港並みに厳重なセキュリティチェックを受けてから、中に入る。
小雨がぱらついてきたが、ゾンの中では傘を差してはいけないことになっている。帽子の着用も禁止。
敬意を表すためだそうだ。
そんな場所でパーカーなんて・・・重ね重ね申し訳ない。

ゾンの寺院はとてもとても立派だった。
入った瞬間に空気の質量が違うのがわかる。
奥に鎮座している仏像はとても大きく、堂々たるたたずまい。
その両脇にはたくさんの力強い神々の像。
壁には千体の仏様がびっしりと描かれており、千体の小さな仏像が並んでいる。
踏ん張って立っていないと倒されてしまいそうなほどのパワーだ。
ブータンが仏教国であることを思い知る。
言葉をなくして呆然としている私に、サンゲが言った。
「五体投地、シッテマスカ?」
「あ、はい。聞いたことアリマス。」
つられて片言になってしまう自分が滑稽でならない。
それはともかく、五体投地は主にインドやチベットで行われる仏教の礼拝の方法だ。
日本のお寺では静かに両手を合わせて拝むだけだが、確かチベットでは体を地面につける感じじゃなかったっけ、とうろ覚えな記憶をたどる。
「ジャ、イッショニヤッテクダサイ。」
そういうと、サンゲは仏像の前の立派な玉座(「エライオボウサン」が座る席)に向かって立ち、頭上で手を合わせた。
私も真似をする。
合わせた手を、おでこの前、のどの前、胸の前と順番に持っていく。次に両膝をつき、土下座の要領で両手とおでこを地面につける。これを3回繰り返す。そうしたら今度は仏像に向かって同じように3回。
なかなか大変な動作である。
これがブータン式の五体投地だそうだ(ちなみに、「五体」とは、両手、両膝、額のこと)。
それから、祭壇にお賽銭のお札を置く。
おでこのあたりに一度掲げて軽く拝んでから置くのだ。

礼拝の複雑さは、信仰心の高さに比例するのだろうか。
立ったまま手を合わせるのと五体投地とでは、どう考えても後者の方が信仰深いように感じられる。
そういえば日本でも、お年寄りは身をかがめるようにして拝んでるな。
敬意を表するとき無意識に頭を下げるのは、世界共通のものなのだろうか。
人間の習性なのかな。

お堂にはバターランプの灯りがゆらめいている。
その炎を見ていると、今がいつの時代だとか、ここがどこかとか、そういうのが一切ふっとんでしまいそうだった。
私がそれまで当たり前だと認識していた世界がすっかり消えて、ただ今ここだけがあった。

荘厳の一言に尽きる。


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