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アングスト/不安を観た 〜理屈も共感もいらない殺人犯の追体験の話〜

オーストリアで起きた実際の殺人事件を撮影され本国では1週間で上映打ち切り、ヨーロッパ各国でも上映禁止になり一部ではビデオの発売すら禁止された問題作が20年の時を経て日本で公開された。

アングスト/不安を観てきた。


※史実元ネタなのでネタバレも何もないかもしれないが、ネタバレ入ってます。


上映されたシネマート新宿では、主人公が殺人を犯した後に食べていたフランクフルトのコラボメニューや血だまりを模した撮影スポットがあったり、すごい力の入れ具合だった。

事前情報とポスターに記された「とり返しのつかない心的外傷をおよぼす危険性があります」の文字に期待も高まっていた分、下手に露悪的なだけで滑った感じの映画だったら嫌だなぁという懸念も大きかった。

でも、実際観てみるとそれが杞憂だったと一瞬でわかるくらい、とても丁寧に作られていた。


事件記録や犯人の生い立ち、精神科医の鑑定記録のナレーションと共に流れる寒々しい映像と、終始追い詰めるような音楽で不穏な雰囲気が緻密に作られていて、シャイニングや時計仕掛けのオレンジなんかのキューブリック映画を思い出す。

主役の怪演もとにかくすごい。

落ち着きのない小走りになったり、それを俯瞰で追いかけるような構図で撮られていて、彼を内側から駆り立てる殺人衝動に突き動かされているのがわかるリアルさだった。

「娯楽を趣旨としたホラー映画ではない」と明記されていた通り、映画の中のスタイリッシュな殺人鬼はいない。

不自然に痩せた身体で汗だくになりながら老女ひとりを絞め殺すのに手間をかけ、死体も引きずりながら動かし、血を飲んで不気味にえずく、ただの人間で異常な凶悪犯罪者だ。


生々しい殺人現場に立ち会っているような臨場感は、だんだんと自分が主人公の殺人犯に重なる感覚に変わって、VRを体験しているような気分になる。


この映画が恐れられた理由があるなら、面白おかしく事件を扱うフィクションだからでは全くなくて、冷静に殺人犯の追体験をする映画だからだと思う。


検察や精神科医は彼の悲しい生い立ちや、異常な性的嗜好を語り、彼の反抗に原因を求めようとするけれど、映画を観ている最中は、それが自然現象に妖怪の名前をつけて解決しようとした大昔の人間くらい空虚な行動に見える。

理由も原因もない、衝動と行動があるだけだ。


だいぶ前に古谷実原作の映画ヒメアノ〜ルを観た。

原作も好きだし、ジャニーズ1犯罪者の役が上手い(褒めてます)V6の森田剛主演なので期待していた。

映画自体の質はすごく高かったけれど、原作ではもともと異常な性的嗜好のあった殺人犯を、いじめのせいで歪んでしまった哀しいモンスターのように描いていたのが個人的にはすごく残念だった。

原作で、自分が異常だとわかって田舎の田んぼの畦道でうずくまって泣く、擁護もしようのない異常者の孤独が観たかった。


それもあって、アングスト/不安はすごく腑に落ちる作品だった。


好きなことを見つけて一度きりの人生を楽しめとみんな言う。
でも、サッカーや小説を書くことやバイクを買って旅をすることを純粋に望むように、自分の本当にしたいことが、女の首を絞めて殺すことだったなら、どう生きればいいのだろう。

自分たちは幸運にもたまたまそうじゃなかっただけの人間だけど、この映画ではもしそうだったときの自分を否応なしに味わされる。


娯楽というのは何も、不謹慎な事件を馬鹿笑いして楽しむことじゃない。
ニュースで見ていたら常識や倫理で糾弾したり、ひとつの見方で固定されなければいけないことを、そこから離れて、体験として消費していいことだと思う。

共感も説明も、その場に立ち会う体験にはいらない。

そういう意味では、この映画は娯楽のひとつの形じゃないかと思った。


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