おかみ修行その2

喜楽屋おかみ修行 その2 台所から

湿度の多い日本の夏、身体にまとわりつくような暑さに食事のことなど、考えたくもなくなります。
そんな時によく登場するのは冷や奴やそうめんですが、その薬味として使う「茗荷」が私は大好きです。

せんに刻む手元からあがる独特の香りに食欲がわいてきます。
口にしてしゃきっとした歯ざわり。
「あぁ、夏の香りだなぁ」と思いながら、子どものころの食卓を思い出します。

茗荷の美味しさなどわからなかった頃は、茗荷のみそ汁など出てくると、「物忘れがひどくなるから」と言っては遠慮していたものです。
「ミョウガを食べると物忘れする、バカになる。」と年寄りなどが話していたのをこれ幸いと利用したのですが。
食べて鼻から頭へジーンとくる強い香りに、本当に頭がぽやっとして“物忘れ”していまうのかと考えていました。
これは俗説なのですが、落語でも使われるくらい知られた話です。

実は、なかなか奥深い逸話があります。
—その昔、お釈迦さまの弟子に周梨槃特(しゅりはんどく)というひどく物覚えが悪い人がいました。
彼の兄は逆に聡明で、周囲の人々はこの兄と比べては弟の愚鈍さを笑いました。
槃特はときに、自分の名さえ忘れることもあったので、ついに見かねたお釈迦さまは、彼に名前を書いた札を与えました。
槃特はその札を常に背負って歩き、またいかに愚者といわれようとも、お釈迦さまから与えられたわずかな教えと戒めを死守し、非常な精進を続けました。そしてついに悟りの域に達し、十六羅漢の一人になってこの世を去りました。
彼の死後、その墓所に名も知れぬ草が生えました。
いつも名を荷(にな)って歩いていた槃特にちなんで、この草は「茗荷」と名付けられたのです。—

この話は、「悟りを開くのに賢愚の差はない」という喩えに多く引用され、鴨長明も方丈記の末尾でこの話を讃えているそうです。
茗荷を食べるとバカになるどころか、槃特の健気な努力を見習うべきだということでしょう。
また、茗荷は冥加(知らないうちに受ける神仏の加護)に通じるということで、家紋にもよく使われているそうです。
薬味に使うほかにもいろいろな食べ方があるようですね。

細かく刻んで軽く塩もみし、熱々のご飯にまぜて、おにぎりにしても美味しいです。大根おろしにまぜて焼き魚に添えてもさっぱりします。
てんぷらもいいですね。みなさんは何がお好きですか?
この香りの成分はα-ピネンというもので、食欲増進、発汗作用などがあるそうです。また、ホルモンのバランスを整える効果もあります。
物忘れなどしませんから、たくさん食べて夏バテなどしませんように。

*****

平成15年(2003)8月1日 やすらぎ通信第二号より
やすらぎ通信第二号のコラム。
夏と茗荷と仏教をまぜあわせたお話です。
※掲載の情報は当時の情報のため内容が異なっているもしくは廃止されている場合がございます。お気お付け下さい。

いただいたサポートは、お正月の七福神巡り資金と家族のおやつのためのに貯金します。