おかみ修行その12

喜楽屋おかみ修行 その12 仏壇のある生活

我家の仏壇にお盆のおかざりをしました。

迎え火と送り火に使う“おがら”を目ざとく見つけた娘が「これは、なぁーに?」と尋ねます。
笹やほおずき、野菜や果物で飾られた仏壇を見て「うわぁ、ごちそうがいっぱぁい!」と何だか楽しそうにはしゃいでいます。

「今日は、ばば様や仏様がみんな家にいらっしゃるよ」というと「ふーん」と言いながら、お供え物を指でつつき「これ、食べてもいいのかなぁ?」と興味は全く違う方向へ・・・。

それでも、大人達の真似をして「いらっしゃいませ」と見たことのないご先祖さまに向かい、手を合わせ、線香をあげ、りんをならし、「まかはんにゃーはらみたしんぎょー、かんじーざーい・・・」お経らしきことを口にする姿はなんとも可愛らしいものです。

今はただ真似をする事に喜びを感じているだけの娘ですが、こうして目に見えぬ世界があるということ、そして、たくさんのご先祖様によって生かされているということを自然と体で覚えていくために、家の仏壇が大活躍いたします。私自身も物心ついたときから仏壇を見ていましたから、それは、ごくあたりまえに生活の一部になっていました。

いただきものをすると、「まずは仏様に」大切なものも仏壇に・・・。実家ではなぜか子供達の成績表も仏壇の引き出しに入っていました。少しでも成績が上がるようにと親の願いだったのでしょうか。

仏壇のある場所は、そこだけが違った空気が流れているようでした。家の中であの世との交信ができる場なのでしょうか。
家族が朝に夕にお茶や線香をあげ、手を合わせる姿を何度となく見ていると、普段は手を合わせなくても、何か大事なことがあるとき、仏壇に向かうと心が落ち着いたものでした。

小さい頃のそんな思い出もなかなか良いものです。そして一緒に生活してきた家族が亡くなると一層仏壇の前に行く事が増えます。

一日の挨拶はもちろんですが、見守ってほしいとか、力をかしてほしいとかいろいろと欲も出てきて合わせる手にも力が入ります。悪い行いをしても、仏壇の前で「ごめんなさい、許してね。」で胸がすっきりしたものです。

ご家庭にお仏壇がなくても、常にご先祖様がいて、親がいて、自分がいて、子供がいて、という脈々と続く命のつながりをどこかで意識できるような教えを小さな子供達にも伝えていきたいものです。

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平成1年(2004)7月24日 やすらぎ通信第十二号より
お盆最中のお話。
娘とお仏壇をみながら、自分の子供の頃を思い出す。
お仏壇がある生活の豊かさを考える。
そんなエッセーです。

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