見出し画像

3月25日は、ハウステンボスが開園&大塩平八郎の乱&電気記念日&拘留中または行方不明のスタッフと連帯する国際デー

【ハウステンボスが開園】

1992(平成4)年3月25日、長崎県佐世保市にあるテーマパーク「ハウステンボス」が開園しました。

ハウステンボス(Huis Ten Bosch)は、オランダ語で「森の家」という意味で、施設自体が、オランダにあった宮殿のひとつがモデルとなっていることから、その名が付けられています。

また、ハウステンボスは、東京ディズニーリゾートの約1.5倍の敷地面積があり、単独テーマパークとしては日本最大の面積を誇っています。

加えて、イルミネーション、チューリップ園など、季節ごとのイベントも多数行われていて、ヨーロッパ調の街並みは、ドラマ、映画、CMなどのロケ地としても使われています。


【大塩平八郎の乱】

1837年3月25日(旧暦天保8年2月19日)、大坂(現:大阪)町奉行所の元与力で儒学者でもあった大塩平八郎と、その門人らが、江戸幕府に対してとった反乱行動「大塩平八郎の乱」が起こりました。

幕府の元役人が主となって起こした反乱であり、江戸にも名の轟く著名な儒学者でもあった人物の反乱とあって、当時の世間に与えた衝撃は大きく、幕政に不満を持つ人々を大いに刺激しました。

歴史家によっては、倒幕の気運を起こしたことから、以後の明治維新に繋がる発端となった事件 と見る向きもあります。


《ごく簡単な経緯》
勤勉実直で、自分にも周りにも厳格だったとされる大塩平八郎。

当時起こっていた天保の大飢饉などの影響もあって、各地で百姓による一揆が勃発していました。

大阪でも庶民の困窮が著しく、隠居して学問を教えていた大塩平八郎は、私財を投げ打って、周囲の人々を支えていました。

同時に、自身が元役人で、息子が職を継いでいた伝手(つて)から、大阪奉行所に庶民困窮を救うための嘆願書を出すも、無視されるばかりか、単なる売名行為的に見なされ、邪険に扱われることに。

加えて、大阪奉行所は町の困窮よりも、時期が重なった、第12代将軍・徳川家慶(いえよし)就任への贈り物を優先し、食料などの物資を江戸に贈る選択を採りました。

これらの憤懣と、自らの信を貫くべく、大塩平八郎は決起へと立ち上がっていきました。

《年号語呂合わせ覚え》
天保8(1837)年に起こった「大塩平八郎の乱」の年号語呂合わせ覚えとして、「イ(1)ヤ(8)、皆(37)助ける大塩平八郎」があります。


【電気記念日】

1878(明治11)年3月25日、東京・銀座木挽町(こびきちょう)に新設された中央電信局の開局祝賀会が、東京・虎ノ門にあった工部大学校(現:東京大学工学部)で行われ、同会場に50個のアーク灯が点灯されました。

これが、日本で初めて灯った電灯だったことにちなんで、日本電気協会が記念日に制定しています。

その後、 トーマス・エジソン氏が白熱電球を実用的に改良し、
日本にも輸入:1879(明治12)年
東京電灯会社が開業(現:東京電力):日本初の電気事業者:1886(明治19)年
など、電灯の普及が本格的に始まっていきました。

また、例年3月25日を中心とした前後の週末などには、全国各地で日本電気協会と各支部による祝賀式典、功労者表彰、講演会などの記念行事が開催されています。


【拘留中または行方不明のスタッフと連帯する国際デー】

1985(昭和60)年3月25日に、レバノン・ベイルートで、国連情報センターのスタッフとジャーナリストが誘拐され、約24年後の2009(平成21)年に遺体となって発見される事件が発生。

この事件を受けて、世界各地で拘留中や行方不明となっている国連職員を賛え、早期解放、早期発見を求めるために設けられた国際デーです。

国際表記 :International Day of Solidarity with Detained and Missing Staff Members

2010年代に入ってからは、特に国連に対する攻撃が強まっている傾向があり、関係者の拉致、拘束事件は後を絶たない現状があります。

そのため、国連スタッフ、平和維持軍、非政府組織、報道関係者を守るために行動を結集し、正義を要求する決意表明が行われています。


(以上、ネット検索より)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?