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11月14日は、パチンコの日&世界糖尿病デー&浜口雄幸首相が狙撃された日&関門橋が開通した日

【パチンコの日】

1966(昭和41)年11月14日に、全国遊技業協同組合連合会が、
通産省から正式に認可されたことにちなんで記念日が制定されました。

当初はパチンコ玉が混じり合うパチパチという音の語呂合わせにちなんで、
8月8日に記念日を制定する案が出されたそうですが、
業界内ではニッパチ月と呼ばれており、
2月と8月は来店客数が減る傾向にあることから、
ボーナス期も近く、集客が見込まれる11月に制定されました。


【世界糖尿病デー】

糖尿病の全世界的脅威を認知するため、
国連が国際デーのひとつとして記念日に制定しました。

国際表記 :World Diabetes Day

日付けは、
糖尿病の原因となる血糖値を下げる効果があるインスリンを発見した、
フレデリック・バンティング医師の誕生日にちなんで設けられました。

誕生日:1891(明治24)年11月14日。

世界規模で考えた場合、糖尿病が原因となり、
6秒に1人の割合で命を落としている現状を受け止め、
改善していくことが提唱されています。

また、例年11月14日には、
「Unite for Diabetes(糖尿病との闘いのため団結せよ)」のキャッチフレーズの元、
世界各国のランドマークなどがブルーライトに灯される、
ブルーサークル活動が展開されています。


【浜口雄幸首相が狙撃された日】

その風貌からライオン宰相として呼ばれていた、
第27代内閣総理大臣浜口雄幸(おさち)氏が、
1930(昭和5)年11月14日、東京駅構内で狙撃される、
浜口首相遭難事件が起こりました。

金融恐慌や世界大恐慌といった当時の世風と、
浜口首相がとった「金本位政策」が裏目に出たことなどが重なり、
国民の不満の矛先が浜口雄幸首相へと向けられる風潮となっていました。

そんな中、列車移動のために立ち寄った東京駅構内で、
愛国社社員の佐郷屋留雄(さごうやとめお)氏に至近距離から銃撃され、
骨盤を砕かれる重症を負ってしまいました。

しかし、浜口雄幸氏は気丈に振る舞い、意識を失うことはなく、
弾圧に屈しない強い姿勢を貫きました。

また、狙撃された後に、男子の本懐だと語ったとされ、
この発言は当時の流行語にもなりました。

ちなみに、東京駅構内では狙撃現場に印がされており、
今日でも確認が出来ます。


【関門橋が開通した日】

1973(昭和48)年11月14日、
関門海峡を挟んだ本州と九州を結ぶ高速道路=関門橋が開通しました。

《関門橋》
名称:関門自動車道
本州側:山口県下関市
九州側:福岡県北九州市門司区
全長:約1,068m
線番:E2A

本州・中国自動車道と九州・北九州自動車道道を繋ぐ関門橋は、
両岸の地名、馬関(現:山口県下関市)、
門司(現:福岡県北九州市門司区)から、
それぞれ1文字ずつ取って関門と名付けられました。

(以上、ネット検索より)

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