02

 彼の父は、自らの命を犠牲にして……実際は勝手にテロリストに奪われたのだが、魔導鉱の効果的なエネルギー産出方法を確定させた。エルネストは猛烈な悲しみと怒りの感情を抱いた。そして自分の非力さを嘆いた。父の意志を継がなければ、という使命感にも襲われていた。夫を失うことになった母親も強く悲しみながら、エルネストの心の傷を共に癒そうと尽力した。だが、そう簡単に治るものではない。薬やカウンセリングで治るトラウマでは、決してなかった。……否、トラウマではない。彼が抱いていたのは、復讐心であった。
「母さん、俺は軍隊に入りたい」
 彼は学業よりも、あのテロリスト達に報復する手段を彼は必死に探していた。"アメンテス"。まだ無名だったテロ組織の名前を、あの軍服の男から聞いた。奴らが一体何者なのかも分からないまま藻掻く息子を母親は心配した。
「反対すると言われても、俺の人生は俺が決めたい」
 若者の持つ自立心が携帯端末のメッセージに表示される。母親は夫の次に息子を失うであろうことに強い懸念を抱いた。しかし完全な拒否はしなかった。自分のやりたいことをしなさいと告げられた返信を既読にすると、エルネストは軍門に下った。フランス軍ではなく、彼なりの情報網で調べた"白い軍服の男"の所属する"連合軍"への入隊を目指して。

「離せ!この!」
 親父の尻ぬぐいを果たそうとベルリンに向かったラファエルであったが、ナポリ・カポディキーノ国際空港にて"連合軍"の関係者数人に捕まっていた。ラファエルはマフィアに居ただけあり、腕っぷしには自身があった。しかし、いとも簡単に抑えられて拘束されてしまったのだ。銀髪も黒いスーツも乱れていた。
「お前は、どこに向かうんだ」
「勝手だろう!離せ!」
 手首を掴まれてばたばたとするラファエルを他の客は不安そうにじろじろと見ていたが、彼が気にしている余裕はなかった。
「ベルリンか?我々に楯突くのは無駄だと思え、ラファエル・アリギエーリ」
「……くそったれ!」
 正体をばらされ、図星を突かれたラファエルに為す術はなかった。虚しい抵抗を彼がする中、関係者の一人が耳打ちした。
「留置所に行きたくないなら素直に我々に従え」
 こいつらなら隠した罪もバラすだろう、と諦めたラファエルは舌打ちをするとどこへ連れて行かれるのか尋ねた。
「安心しろ、お前の行きたい場所に案内する」
「見せしめか」
「半分は正解だな」
 けっ、と別の関係者が笑う。苛立ちを隠せない彼に反対側を取り押さえていた者が付け足す。
「またイタリアの恥が消えていくな、名誉なことだ」
 恥、その言葉にラファエルは怒り心頭になる。ファミリーの希望と言われた彼が、恥さらしとして嘲笑される。若い彼には耐えられたものではなかったようだ。渾身の力で男2人の拘束を振りほどき、殴りかかろうとした時だ。
「大人しくしていろ、狂犬」
 首筋に針で刺された痛みを彼が感じた瞬間に意識が遠のく。畜生、麻酔針か。悪態をつく暇もなく倒れそうになったラファエルを関係者の一人が抱えると、そのまま連行してしまった。周りは一瞬だけどよめいたが、すぐに何も見なかったかのように無視していった。
「"更生"のためとはいえ、こっちの身にもなってもらいたいもんだ。」
 リーダー格が不服を漏らすと、数人の集団はそのままターミナルに進んでいった。そして搭乗した飛行機は、最新鋭の軍用機であったのだ。

「連合軍に配属されるには体力テストに合格しなければならない。とてつもなく過酷で脱落者は多い。精鋭でなければテロリスト集団に勝てないからな。頭脳面は君の学力なら申し分ないが……」
 パリの北部に連合海軍の本拠地があったことを知り、急ぎ足で向かったエルネスト。しかし体力に自信のなさそうな彼の体型を見て、案内役にやんわりと断られる。だが彼の復讐心は強い。
「しかし、父親を殺されたんです。報いたいので」
「そういう理由で入隊する者もいる。だが、信念だけでどうこうできるものじゃないんだ。適正っていうのがあるからねえ」
 君は君の頭を活かせ、とかつて父や母に言われた台詞を案内役の男にも言われてしまった。
「……そうですか」
 諦めようとしたが、しょんぼりする彼に同情するかのように男は尋ねた。
「そういえば、父親も学者なのかね」
「はい。パリ大学の光学研究室に配属されていたピエール・ロダンです。」
「……ピエール・ロダン?次期ノーベル賞候補とされたロダン線を作った人か?」
 怪訝な顔をした男はエルネストに問いかけた。自信なさげにはい、と彼は頷くとちょっと待ってくれ、と電話で連絡を始めた。
「……成程、件のプロジェクトの候補生として、例外的に、ですか。かしこまりました。」
 何やら怪しい電話。不安そうな顔をするエルネストが内容を訊く前に、電話を切った彼が口を開く。
「特殊な条件において君の入隊を許可しようと考えている」
「本当ですか」
 途端に目を輝かせるエルネスト。しかし、男は苦い顔をしていた。
「本当に特殊だよ。君の人権がなくなるかもしれない、その覚悟は持っているかな」
 男は強く言い放つ。人権、という言葉に引っかかりを感じたが、エルネストは快く返事をした。大学卒業後の、否、"人間"の進路としては不正解に限りなく近かったが、彼は何も知らずその道を選んでいった。

 麻酔が醒めた時、ラファエルがいたのは会議室とみられる白い壁と天井が張り巡らされた部屋であった。自分は、椅子に座っている。
「連れてきましたよ、ヘルムート閣下」
「ご苦労であったな」
 そして眼前にいたのは白い軍服の男達であった。
「……お前は誰だ」
 閣下と仰々しく呼ばれた男を睨みつけたラファエル。相手は麗しき黒髪にコーカソイドの白い肌、そしてラファエルと同じく緑色の瞳をした壮年の軍人であった。
「吾輩はヘルムート。ヘルムート・リーデルシュタインだ。」
「連合軍のトップに立とうとするお方だぞ」
「尤も、少将であるこの方は現時点でも我々を率いてくださっているがな」
 少将?まだ30代と思われるヘルムートを見て、ラファエルは疑った。自分より歳上とはいえ、その年齢でなっていい階級じゃない。
「とんだ若輩者が仕切っているんだな」
 ラファエルは皮肉った言葉をかけるが、相手はびくともしない。
「その台詞、自分には刺さらないのか?」
 それどころかそっくりと返されてしまう。舌打ちをしたラファエルは、ここに連れてこられた経緯を説明しろと怒った。
「今度からお前はここで働くことになる。」
「光栄に思えよ、マフィアの狂犬が」
 悪態をつく別の軍人に、言葉を慎めと窘めるヘルムート。
「どういうことだ」
「クリーンな資源の取引をし、世界の平穏と発展を望む」
 父親の失敗を思い出し、今度は鼻で笑うラファエル。
「詭弁だ。俺には癒着に見えるが」
「癒着?そう見えるのも今のうちだ。いずれお前も世界の礎となるのだ」
 雄弁に話す彼の口調があまりにも仰々しく、鼻につく。
「大体、お前たちは何者なんだ」
 ラファエルが尋ねた。
「我々は連合軍Union Force。世界の恒久平和を望むために、現在は対テロ対策とLDC(後発開発途上国)支援を目的とした軍隊だ。」
「ハッ、ファミリーの邪魔をする理由が見当たらないな。資源の横取りにでも来たのか?」
 うるさい、と外野の声が聞こえた。だがヘルムートは動じない。
「正当な利用目的で限り有る地球の財産を運用することもまた我々の正義だ。」
「途上国に眠ってるお宝を横取りする泥棒の台詞とは思えないな。俺は悪に染まっても大義を貫けるが、お前はむしろ大義の為に認められないんだろう?かわいそうに」
 ははは、と高笑いするラファエル。苛立ちを隠せない周りをよそに、彼は眉間にわずかに皺を寄せて言葉を返す。
「ならば我々が貴様の大義をへし折ってでも染めてやろう」
 一歩前に出るヘルムート。威圧感は凄まじく、子供なら一瞬で泣き出すだろう。
「やれるもんならな」
「言葉を選ぶべきだな。我々は手段を選ばない」
 嘲笑をやめないラファエル。
「分かりきったことだ」
「本当に全てを知らず、言い切れるのか?」
 彼の緑のまなこは、ラファエルのそれとは"何か"が違っていた。

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