06

 あの後、ヘルムートにこっ酷く叱られたのは意地悪な上官達の方であった。幸い状況を理解したらしい。一部の人間には相応の処分を下すことにはなり、それを聞いて安堵したエルネストとラファエルは医務室で手当を受けていた。
「ったく、お前が能力に早く気付けばこんなことにはならなかったのに」
「ごめんねラファエル。俺が弱かったばかりに。」
 申し訳なさそうに微笑むエルネスト。傷の上に特殊なフィルムを貼られ、固定される腕。
「いや、言い過ぎた。能力なんて映画みたいな話、そうないからな。骨が折れてなかっただけマシか。歯はやべえけどな」
「相手の人は大丈夫かな、派手にやっちゃったけど」
「はぁ、お前はあんなクズ野郎共の心配をするのか?」
 ラファエルは看護スタッフの手により目の上や唇の横にできた痣を冷やされていた。少し喋りづらそうであった。あとでレントゲンを取り、歯の処置を行うと告げられると彼は面倒くさそうな物事を引き受けた時の嫌な顔をした。それは、アッパーを思い切り食らったエルネストも同じだ。
「だって、同じ軍の人だし」
「……こんなクソみたいな組織だとはな。予想以上にひでえ」
「えっ、君はここに期待をして入ったんじゃないのか?」
 はぁ?と聞き返すラファエル。お互いに入隊した事情を知らなかった為、当然といえば当然の結果なのだが……。軽く沈黙したラファエルは、エルネストに質問をした。
「そういえばお前、改造前はどこにいたんだ」
「え、ここの前?」
 出自を訊かれ、苦い思い出を隠すかのように笑うエルネスト。
「大学だよ。物理学科を卒業する予定だった。」
「……嗚呼そうか。やはりそういうのだと思った」
 聞いた側にもかかわらず興味なさそうに返すラファエル。拍子抜けしたエルネストに、彼は痛々しい瞼を伏せてから、見開く。
「さっきの戦いっぷりを見りゃ分かる、お前は根本的に軍人には不向きだって」
「うん、分かってる。分かってた。でも、やり遂げたいことがあるんだ」
 復讐心をひた隠しながら、笑みを止めなかったエルネスト。しかしラファエルには、そんな彼の心遣いも通用しない。
「お前の正義と、覚悟が釣り合ってないね。」
「……言うじゃないか。そういう君は、どこにいたんだい?」
 エルネストの質問に、ふん、と鼻でため息をつくラファエル。その意図は分からない。
「裏社会だよ。俺はマフィアの人間だった。」
「え、そんな」
 絶句するエルネスト。確かに柄は悪いけれども、自分とあまりにも違う立場だったことに言葉を失うしかなかった。
「ラファエルみたいないい人が、すっごい…その、危ない世界にいるのか?」
「あ?俺のどこがいい人だよ」
「俺の知ってるマフィアは、俺をかばったりなんてしない」
「知ったことかよ」
 ラファエルが食って掛かる。エルネストは少し怖気づきながら尋ねた。
「じゃあ人とか……殺したの?」
「嗚呼。沢山な。間接的にも直接的にも。敵も味方も。……これからもそうなるだろうな。」
「……そうなんだ」
 予想通りだが、受け入れたくない事実を飲み込む。確かに自分だってこれからたくさん人を殺す。だけど、こうもかつての環境が違っていたとは。彼が深刻な表情を浮かべた時、医務室のドアが開いた。
「……ヘルムート」
「ヘルムートさん!……否、リーデルシュタイン少将」
 畏まるエルネストに対し、ふてぶてしい態度を崩さないラファエル。
「双方とも、今回の件は謝罪する」
「ゴメンで済んだら軍隊はいらねえだろ」
 ラファエル!と止める声。
「いえ、貴方が謝ることではありません。」
 そして彼の無礼を訂正するかのように、エルネストは言った。
「貴公らが特殊な立場である以上、吾輩の部下が嫉妬したために起きてしまった。」
「特殊……」
「改造されるわ、軍学校に行かず将校になるわ、それもいきなり佐官につくわ、どっからどうみても自然ではないな」
 ラファエルが突っかかる。確かにあまりにも優遇が過ぎる。
「おい、ヘルムート」
「口の聞き方に気をつけろ、少佐」
 ヘルムートの鋭い目線を受け、彼は舌打ちをすると訂正した。
「……"少将閣下殿"、俺たちに何をするつもりだ」
 少将はラファエルの嫌味も気にかけず、こほんと咳をするとわざとらしく畏まって宣言した。
「"打倒アメンテス"のために強固な軍隊を形成する。そのためにリーダーとなる強力な将校を育成する。……という目的では不満か?」
「確かに、最新鋭の持てる技術を用いて憎いテロリストを倒す、理にかなっています、だよねラファエル?」
 どう見ても不服そうなラファエルを見ながら、エルネストは念の為に確認した。
「にしては、俺たちの扱いが非人道的過ぎないか」
「……アリギエーリ少佐。貴公は賢い。だが、」
 相変わらずの態度を貫くラファエルに対し、ヘルムートは目を細めた。
「それだけ賢いのならば分かっているだろう。これは宿命とも言える不可抗力であると。」
「生憎はいはい分かりましたという性分ではなくてね」
 少佐は動じなかった。それは子供じみた反抗か、真実を見抜こうとする意地か。

「残り50」
 ベトナム、首都ハノイの郊外。生い茂る熱帯樹を切り開いて作られた射撃場にてカラシニコフの自動小銃を構え、小さな的を確実に撃ち落とす少年の姿があった。烏の羽のような黒髪に、的を見通すエメラルドグリーンの瞳。何よりも目を引くのが彼がアメリカの作った映画に出てくるベトナム人にありがちな、三角錐の笠を被っていたことだ。少し離れたところでスカーフを巻いた褐色肌の男が、的の数を数えていたらしい。少年は、無言で動く的を射撃していく。
「30」
 構えも安定していて、発砲時の反動にもさほど動じない。そして、しっかりと目標物に命中している。真剣な顔で続けていく少年を安全な場所から眺めている男たちの姿があった。
「冷静かつ誠実な射撃センスだな。」
「我々の希望です。」
 称賛の声。少年は天賦の才能を持っていた、否。
「彼は遺伝子解析をした上で作られた個体ですし、鬼のような訓練メニューを積ませましたからねえ」
 "持たせた"存在であった。
「残り10……5……終了!」
 カウントが終わり、銃を上げて一息つく少年。
「ご苦労さま、ボン。今回も素晴らしい結果だった」
 的を見守っていた男に労いの言葉を掛けられたため、ありがとうございますと小声で礼を言うボンと呼ばれた少年。ベトナム語で「bóng」を意味するその言葉。少なくとも、彼の本名ではなさそうだ。
「ブレないね。俺も参考にしたいけど、できないや」
 いえ、そんな。控えめに謙遜するボンをスカーフの男が笑う。
「自信持ちなよ。この組織で一番すごくなると思うよ、君は。」
「……そうなんですか、それは言いすぎじゃないですか」
「俺の眼が正しければね」
 男はウィンクをしてボンを褒めちぎったが、彼は恥ずかしいのか笠を少し下にずらしてそそくさと去っていってしまった。後ろにいた男達と合流する。
「素晴らしいね彼は。」
「ええ。まだ14歳ですから、さらに伸びると思いますよ」
 男達は喜んで頷いている。
「ではフゼイフェ君、今度はもう少し的のスピードを上げて試してみるか」
 ははぁ、と笑う褐色肌の……フゼイフェはスカーフを整えながら、彼に無理難題を押し付ける"彼らの上層部"に内心呆れていた。彼は人間なんだぞ、と思いながら。
「それよりもボンはどこへ行ったんですか」
「訓練が終わったらぜんざいChèを食べたいって言ってましたね」
 フゼイフェの質問に、別の男が答える。
「成程、彼もまだまだ子供ですね」
 淡い褐色の肌とのコントラストがある金髪を、撫でながら微笑む彼。ボンは銃で人を殺す技術に長けているが、中身は普通の少年であったのだ。
「でも、いつまでも子供ではない。」
「我々の目の黒いうちに、彼は偉大なる戦士となる」
 それを上層部の男たちが知っているのか、知らないのかは分からない。仰々しさに辟易しながらも、そうですねとフゼイフェは返す。分かっている。ここにいる人間たちは、老若男女問わず目的は1つだ。
「列強に対する復讐鬼として、全うしてほしいね」
 そう、この組織は。

「やっぱりココナッツミルク入りのチェーはいつ食べてもおいしいなぁ!」
 屋台にあった白玉団子を頬張る彼もまた、世界的脅威となっている組織「Amenthes」のテロリストの候補であった。

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