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「我々の世界に重くのしかかるエネルギー問題。そこへ1つの灯火が照らされました。新資源"魔導鉱"が、中国北部の山岳地帯で発見されたのです。」
 薄型テレビの中でニュースキャスターが読み上げる新たな世界の預言。時は西暦2030年を迎えるところであった。相次ぐ災害、天変地異に世界は悲鳴を上げていた。その中を少しでも快適に生き延びるために多量のエネルギー源は必須となっていたにもかかわらず、枯渇のリスクや国際関係の悪化による値上げに苦しんでいた。困窮極めた世の中に、まだ新しい資源があったという。魔導という仰々しい名前には、意味があった。
「分子間の特殊な高エネルギーの結合により、燃やすだけで有害なガスを発生させずに高いエネルギーを得られるこの"魔法のような"物体は、我々の生活にも大きな影響を与えるでしょう。」
 安易に手に入り、効率が良く、クリーン。ここまで揃っているのが不気味なほど完璧な資源を発掘した世界は興奮に満ちていた。科学者や企業はこぞって調査に足を運んだ。しかし、ここで1つの課題点を見落としていたのだ。
「……問題点としては、泥や岩に埋もれた魔導鉱が大量に見つかっていて、選別の作業に時間がかかることです。この混成物をそのまま燃やすと、石油よりも効率が悪いとされています。」
 インタビューに答える学者のコメントには、まだ実用段階に向かえない苦しさが含まれていた。研究はこれからであった。
「燃焼では非効率だってば。やっぱりあの分子構造なら電磁波で励起状態にしたほうが早いよなあ」
 金髪碧眼の青年が、夕食のバケットを口に含みながらテレビを眺めていた。ここはパリの街角にある彼の賃貸マンションであった。狭いながらによく掃除されていて、物も少なくまとまっている。机に置いてある教科書や参考書は物理学や数学、化学といった科目ばかりであった。
「父さんはどうしてるだろう。魔導鉱の電磁波照射による反応の実験はうまくいってるのかな」
 手元にあった小さな1つのスイッチを押すと、携帯端末のメニューが垂直方向に表示される。指で操作すると父親からのメッセージを確認した。
「アーニー、私の実験は順調だよ。それよりも自分の単位を心配しなさい。尤も私の息子だからそこまでは心配してないつもり、だけどね。……この実験が成功したら、そうだねえ。特定の電磁波をロダン線って名付けようか。私の名前が科学史に載るのは最高の名誉だからね。」
 ふふ、と微笑む"アーニー"。相変わらず冗談が下手くそな父親のメッセージ欄を見届けると、彼は残りのバケットを頬張った。これは聡明な親子の成長記録、で終わるはずだった。

 ピエール・マリー・キュリーの異名で知られるパリ第6大学にて、大々的な論文発表会が行われたのはアーニーが22歳の時の、夏のある日のことであった。彼が誇りに思っている物理学の教授である父親が、大きな発見をしたというのだ。知識人やマスメディアが押し寄せる中、アーニーは父の栄光を見守っていた。
「本日はお越しいただきありがとうございます。我々の研究発表を始めたいと思います」
 眼鏡をかけ、くたびれた感じの薄い金髪を生やした博士が教壇に立ち説明を始めようとした。
「えー、我々ロダン研究室では今話題となっている魔導鉱の高エネルギー化を図るための……」
 清聴を始める聴衆。だがその静かな空間は、またたく間に消え去った。
「……何!」
 爆発音。慌てる衆。研究施設とはいえ、この建物にはそれに関わるような物は置いていないはずだ。考えられるのは……
「何が起きている!至急連絡を頼む!」
 博士が声を荒げる。"外部の者が置いた"可能性だ。途端、後ろの扉が乱暴に開けられる。
冥府アメンテスからのお出ましだ!」
 謎の掛け声と共に現れた武装した男達。突撃銃を乱射し、為す術がなく倒れていく人々。
「父さん!」
 民衆の後ろの方で見守っていたアーニーは急いで父親の保全に向かった……しかし、兵器を持った人間の前ではあまりにも非力であった。凶弾に倒れる父親。警備の者が入った時には、もう遅かった。
「待って、父さん!」
 赤黒い血がワイシャツを染め、ぐったりと倒れるアーニーの父親。武装集団は任務が終わったのか、ある気配を察すると直ぐ様撤退を始めた。しかし、その撤退は失敗に終わった。見れば出入り口の前で男達は剣によって切り伏せられているではないか。睨むことしかできないアーニーの前に、白い軍服を身に包んだ男達が軍靴を鳴らし現れる。
「避難をしたまえ、まだテロリストが潜んでいる可能性がある。ここは危険だ!」
 見たこともない軍服であった。ただ、剣を携え烏の羽のように黒い髪の男が下した判断は正しかったようだ。
「テロ……?どうして、どうして父さんを?」
 それでも、正しい判断が出来なくなっているアーニー。
「分からない。我々に分かることはこの事件が最近台頭してきた卑劣なテロリスト集団、"アメンテス"が行ったことだけだ。君の父親は救急搬送するから、早く此処を退くんだ。」
 軍服の男は剣の血を拭ってから仕舞うと、冷静に指示を送った。涙目のアーニーは父親に祈りを込めてから、父親の前から名残惜しく去った。今は託すしかなかった。この軍服に逆らっている場合ではないと。そして決して認めたくはなかったが、胸を貫通し、様々な場所に銃創のある父親に助かる見込みがあるはずがないことも。アーニー――本名エルネスト・ロダン。彼の運命の歯車は、方向を変えゆっくりと動き出した。

「ラファエル。厄介なことが起きる」
 所変わってここはイタリア南部にひっそりと存在する家の、悪趣味な石膏像の置かれたリビング。ソファも革張りで如何にも高そうな雰囲気の代物であり、葉巻を吸う銀髪と銀の髭の男がそこに座っていた。
「……だったらどうしろというのです、ボス」
 注意を促した男と瓜二つの銀髪に緑色の双眸を持った、ラファエルと呼ばれた若い青年が男の前に立っていた。他に人はいなかった。
「俺の跡を継げ」
「そうか、それで代わりに俺が責を負えと?」」
 捻くれた様に言い返すラファエル。
「違う」
「嘘をつけ。俺は知っているぞ。新資源の発掘業者と手を組もうとしたが失敗し、あろうことか軍事組織に目をつけられたお前の醜態を。お笑い草だな。」
 ぎり、と睨みつける男を見下すラファエル。
「貴様……!」
「これでも親孝行した息子だと思っていますよう、ボス。」
 相手を軽蔑するように彼は一瞥したが、銀の髭を生やした男は捨て台詞のように言葉を続ける。
「まったく厄介な息子を持ってしまったものだ。反抗期がまだ続いておる!警告するぞ。お前の言う軍事組織はただの軍隊ではない。欧州、更にはアメリカですら取り囲む強大な組織なんだぞ。儂が対処できたなら、とうにできておる!」
「そうですか」
 そこですばやく振り返り、携帯していたベレッタの銃を構えた。
「何を言い訳にしようと、俺たちのファミリーを落ちぶれさせたあんたの罪は重い!」
 トリガーを引く。瞬間、銃弾が男の脳天を抉り血しぶきが上がった。その赤は男の背後にあった革張りのソファに、仰々しい壁紙と絵画を染めた。意識はなかった。
「俺が、変えてやる」
 死体には目もくれずラファエルはその場を去った。行き先は"連合陸軍"の本拠地、ベルリン。アリギエーリファミリーのボスの息子……そして次期ボスの候補である彼もまた、その軍事組織の力をまだ知らなかったのであった。

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