12

「大型無人機が暴走している!」
 野外に出る2人。そこにいたのは夜空の下で、轟音とともに暴れまわる二足歩行のロボットだった。連合軍の所有物である。その高さは10メートルほどあり、腕はないが肩の部分には機関銃や対戦車砲を携えていた。逃げ惑う関係者たち。内蔵された銃による連射で、怪我をする人間も出始めていた。
「ついさっきまで、なんでもなかったのに!」
「緊急停止コマンドも弾き返す!何故だ!」
 メンテナンスをしていた整備員が悪態をつく。白衣を着た研究者らしき人間が逃げながら悲鳴を上げる。
「いや、暴走じゃない、」
 普通の暴走なら見境なく攻撃するはずだが、明らかに人を狙っていることから、エルネストは把握した。
「中枢部がアメンテスに乗っ取られている!」
 エルネストの方にカメラを向ける無人機。浴びせるような銃弾を彼は瞬発力を活かし避けきったので、後ろの倉庫の壁からけたましい金属の反射音が鳴り響いた。
「うるせえ奴だな」
 ガブリエルが据わった目でロボットを見つめる。彼は手袋を口で引っ張り脱がすと、鱗の生えた手の甲から耳と同じような、20センチメートルほどの鋭い鰭を生やした。硬骨魚の遺伝子を組み込まれた彼の"能力"だ。増えたターゲットを捕捉しようとするロボット。
「ロダン少佐、この状況は」
 喧騒の正体を探るべく、紅月も急ぎ足でやってきた。腕に生えた翼で滑空をすることにより、いち早く来ることが可能だったようだ。
「いいところにきたな紅月!このデカブツを止めなくちゃならないってところだ」
 エルネストは少しだけ嬉しそうな顔をして、また真剣な顔に戻る。化け物退治だ。彼はアンプルを取り出し、叩き割って小刀を作り出した。
「ちょっと借りるぞ!」
 そしてミネラルウォーターを持っていた兵士のペットボトルを奪い、それを小刀で横に裁断した。小さな剣ぐらいなら作れるだろう。脇差ほどの大きさの水の刃を、高速で循環させることによって生み出したエルネスト。白兵戦における戦闘訓練は日々行っていたので、初歩的てはあるが剣術も出来る。……ただし、このような巨大ロボット相手に通用する自信は無かった。
「挟み撃ちして、脚部を破壊しよう」
 エルネストが咄嗟に閃いた作戦はそれであった。紅月は左から、ガブリエルは右から攻めろと指示を送る。しかし、ロボットはそれを察したかのように、両脇を砲撃した。
「やはりこちらの動きを読んでいるな」
「指示を翻訳して動く機械ですから、そこも乗っ取られれば我々の言葉も筒抜けになるんです!」
 爆風を耐えるエルネストたち。どうにか空を飛び、かわした紅月が考察した。これは軍人たちの持つ翻訳機からの信号を、命令にして動作するロボットだ。つまりアメンテスが機械をジャックすればエルネストたちが喋っている言葉をそのまま拾ってしまうということになる。
「埒が明かないぞ、少佐!」
 だがいつまで敵の猛攻をかわし続ければいいのか。酔いの冷めたガブリエルが悪態をつく。
「言葉……?そうだ、」
 なにかを閃いたエルネスト。
「おはんらは一旦下がりゃんせ。俺(おい)が前に出る。わろの動きを固定できたら、紅さぁは空から、ガブリエルさぁは背後から奇襲せい。」
 彼は故郷のブルターニュ地方にいた頃の言語で喋りだしたのだ。厳密にはフランス語と織り交ぜていた。身体に内蔵された翻訳機の母国語設定がフランス語に設定されている上で行ったので、それは擬似的な暗号になった。翻訳機のからくりで我々には薩摩弁に聞こえるが、実際に我々の世界でも戦争中に暗号として使われたので、類似性は指摘できる。
「少佐、……成程、分かりました」
「……なかなかおもしろいこと言うじゃねえか、少佐!」
 一瞬部下たちは戸惑ったが、すぐに理解した。だが機械は"例外"を扱えず、変化した主語や代名詞、助詞に混乱し、動きにタイムラグが生じていた。
いっどいくぞ!」
 その隙を見逃さなかった。鋼の地面を蹴り上げ、駆け足で前に出るエルネスト。剣を振り上げ陽動する。ロボットは彼を追う。ガブリエルは後ろに回り込み、裏からそれの柔らかい可動部分を狙って手の甲の鰭を突き刺し、そのまま切り裂いた。バランスを崩したところで、紅月は空高く飛び上がり、自身から生えている羽根を引き抜き、鋭利な軸を針の様に発射した。耐火性のある羽根により銃口を詰まらせて暴発させることが目的だ。ロボットは、壊れた右脚と攻撃が不能になった左側の装備によりスムーズな操縦が出来なくなっていた。優勢に出たエルネストたち。流れるような連携に、外野からは呑気に歓声や口笛が鳴る。
「とどめを刺す!」
 ロボットの脚部を足場に、登っていくエルネスト。5つの目で全体像を掴み、細かく飛ばした水の刃で関節を破壊しながら、中枢部を破壊しようとしたときだ。……エルネストの視野でなければ、高く飛び上がった人影に気づかなかっただろう。金属音と共にロボットが縦に一刀両断された。
「ラファエル!」
 エルネストは大声を上げた。視線の先には、着地して長剣を鞘に仕舞うラファエルの姿。
「動きが悪かったから斬りやすくて助かった」
 ラファエルが振り向くと、真っ二つのロボットが左右に倒れかかった。慌てふためく外野の中を掻い潜って、エルネストがついて来る。
かとこを取りやがって!おいの手柄だぞ!」
「いや、助けにきたんだが……それに何だその喋り方」
 どうやらエルネストは手柄を取られた文句を言いたいらしいが、その人の変わりようと訛りに少々彼は混乱した。気付いたエルネストが、慌てて標準語に戻して喋った。
「ごめんラファエル。ついつい喋り方が残っちゃってて」
 だが、ラファエルは別に気にしてもいなかったし、
「いや、別に構わないし……さっきの喋り方のほうが、威勢がよくて俺は良いと思うぞ」
本当かほんのごつ?」
 この状況を楽しんでいたようだ。

 解析の為にロボットの頭部にあったブラックボックスが回収されていく中、ラファエルとエルネスト、およびその部下は研究班や整備班と合流していた。
「ありがとうございます」
 謝罪と感謝を繰り返す彼らに嫌気が差したのか、ガブリエルが口を開いた。
「ちゃんとメンテしておけよ、あと酒奢れ」
「ジョベラス大尉、それは余計です」
 紅月が突っ込む。ああ?とガブリエルが睨みを効かせるが彼は臆せず突っかかろうとした。危うく喧嘩をするところだったので、急遽エルネストが仲介する。
「おはんら、っきりゃんせ。世ん中予想外の出来事なんち、沢山わっぜあっど。そん予想外に対応するのも、軍人の役目じゃ。」
「少佐、気に入ってるんですかその喋り方」
 紅月は上官のキャラ変わりに混乱しつつ、質問する。嗚呼、とあっさり返すエルネストにガブリエルが笑った。
「おもしれえ、今度から旦那って呼んでいいか、ロダン少佐」
 旦那、いい響きだとエルネストは思った。よかよかと、あっさりと承諾する。
「……随分良い部下を持ったじゃないか」
 ラファエルが、その様子を少し羨ましそうに眺める。
「お陰様で、良か仲間を持った」
 エルネストはラファエルが軍内で孤独であることは知っていたが、そこには触れなかった。いずれか、彼も強力な軍隊を率いるのだから。今話すことではない。それに彼が孤独で苦しいのなら、お節介でも自分が友人になればいいと考えていた。
「……世界のために、お互い、気張ってこうな!」
 ふ、と軽く応じるラファエルに対し、エルネストはにいと口角を上げて笑った。着々と変化の兆しが、息吹いていた。

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