07

「時代が"それ"を望んでいるのだ」
 ヘルムートの去り際の台詞。自室に戻ったエルネストはぼんやりとしながら、右頬を撫でた。人を改造してまでも倒さなければいけないほど、相手は強い。それを自分の過去と照らし合わせ、納得するエルネスト。しかしラファエルは、最後まで反抗していた。作り話に乗りたくない、と言うように。まずエルネストは彼の出自を聞いて驚き、困惑しざるを得なかったのだ。この組織は謎が多すぎる。しかしこれ以上頭の中を混沌に巻き込むわけにもいかない。エルネストは睡眠欲に身を任せ眠った。疲れていたのだ。
 それから数週間の間、基本的な規律を学び、前回のような不正がない初歩の訓練を積んだエルネスト。そういえばラファエルの"能力"は、まだ開花していなかった様に見える。そのことについて彼は別に何も思わなかったらしく、特殊な水を操れる自分に対し嫉妬するかと思っていたが、ただの自意識過剰であったようだ。曰く、
「陸の上で戦うにしても機会が少ないし、船の上でも海水全部を操れる訳じゃないんだから、結局限定的すぎないか」
 とのことであった。なるほど、一理あった。自分が自惚れていたことを痛感した。他人や自分の能力をよく理解して戦える彼は相当強いのではないか、とエルネストは勝手に期待と危惧の感情を抱いていた。雑念にぼうっとしながら自室のベッドに寝そべっていたエルネスト。窓の風景は相変わらず殺風景で、時間は分かっても季節は感じられなかった。昼食を食べた後の休憩時間なので、眠いといえば眠いが午後に訓練があるので眠るわけにもいかない。そんな中で渡された軍用の通信端末の通知音が鳴った。確認して電話に出ると、ヘルムートから別室に来てほしいとのことであった。上着を羽織り部屋の外に出たエルネスト。かつかつと、軍靴を鳴らしその場所へと向かった。
「急な呼び出しをしてすまなかった。フィフス・バイオニクスの成功作を説明しなければならなくてな。」
 一ヶ月も経たないうちに、もう5番目の実験が行われていたのか。2番目に改造されたエルネストはあまりに早く動くプロジェクトに驚いていた。
「新しい仲間が増えるんですね。」
「……そうだ。そして後々に貴公の配下となる将校だ」
 えっ、エルネストは言葉に詰まる。まだ軍事的な知識も経験も浅い自分に、部下を持てというのか。おかしすぎる。
「そんな、俺はまだ、自分で言うのも変ですけど、ひよっこなんですよ!」
「安心しろ、実力が本当になければ処分される。吾輩の"かつて"の配下のようにな」
 苦い顔をしたヘルムート。言葉を続ける。
「いいかロダン少佐。この"プロジェクト"は改造手術を施すだけではない、軍隊を作り上げるところまで包括しているのだ。貴公らが成功作だとしても、プロジェクトを完結させたわけではない。」
「だとしても」
「……責任者は吾輩ではない以上、吾輩に言っても現時点ではどうしようもないのだ。現時点ではな。」
 目を閉じて、彼は口論に決着を付けた。
「抗うのではなく賢く従い、そして超えよ。それが我々の選ぶ光の道だ。」
 意味深な言葉を残しながら。

 部屋にあったタッチパネル式の端末を取り出し、手帳ほどの大きさのそれを操作して画像を映したヘルムート。
「この2人だ。」
 エルネストが覗き込む。そこには改造された2人の男が映っていた。左側の黒髪の男を先に紹介するのか、ヘルムートがその写真をタップした。
「彼はガブリエル・ジョベラス。治安の悪くなったカタルーニャ地方で暴れまわってたところを捕まえて"処置"した。」
 端末の証明写真を見る。横のプロフィールには出身国や名前などが書かれていた。スペインの内部事情には詳しくないエルネストであったが、独立して貧しくなるリスクとアイデンティティを侮辱された怒りと板挟みになり国が混乱していた過去があることを、ニュースで見ていたことを思い出す。が、彼が注目したのはそこではない。
「この鱗は……」
 耳がなく、背びれのようになった顔の側面と目の下の鱗は、特殊なメイクなどでは決してなかった。本当に、生えている。
「こんな取り返しのつかないことをして良いんですか」
「貴公と同じ、"志願"してやったことだ。後悔はないだろう」
「……そうですよね、貴方に怒っても見当違いですし」
 気持ちを抑えて、エルネストは俯いた。次の写真が映し出される。茶髪の乱れたセミロングが特徴の……否、それ以上に目の下にわずかに生えた羽毛が気になった。
「こちらも彼が望んだために改造手術を施された。胡 紅月フー・ホンユエという名前だが、国籍はフランスだ。」
 そして、厭世的な眼差し。まるで何か救いを求めるような顔、エルネストにはそう見えた。
「双方とも、魔導鉱をエネルギー源とした装置により改造を施した。これはフィフスが初となる。」
 ヘルムートが淡々と説明をする中、彼は口を噤んでその2人を見ていた。
「説明するよりも……実際に会ってみると良い。部屋の位置は後で話そう。」
「分かりました。いつ頃が良いでしょうか。」
「来週までには都合をあわせておけ。吾輩は陸の人間なので詳細は別の者に任せるが、再来週の月曜日にアメンテスの拠点を落とすため、無人艦隊のテストを行う予定なのだ。前日に拠点への移動をする故そこも考慮しろ。」
「はぁ」
 嫌な予感がする、エルネストは察した。
「やることは予想つくな、エルネスト少佐」
「演習で、俺がその指揮を取れというのですね」
「察しが良いな。さすが元学生か。安心しろ、今度の上官は温厚な人間だ。精一杯のサポートを受けられるだろう。」
 少しだけ、ごくわずかだけ安心したエルネスト。だが念には念を入れ、ヘルムートに釘を刺しておく。
「ひとつだけ、お願いがあります。彼らには決して、俺たちのような屈辱を与えさせないでください」
「約束しよう。奴らは懲戒免職させたが、今後も因子を掴み次第相応の処置をする」
 強く誓ったヘルムート。エルネストも、今は信じるしかなかった。
「では以上だ。訓練の指揮官には吾輩が先に伝えている。安心して遅刻すればよい」
 有り難いが、サボれないか。新しい仲間とやっていけるかどうかの不安を、どうでもいいことで気を紛らわせるエルネストであった。

「あぁ?何のようだ」
 訓練が終わった後、エルネストはガブリエルの部屋に訪れた。慣れない実銃を用いた訓練の後で疲れていた彼。だが機嫌悪い初対面は大変よろしくないと思った彼は、あくまでも温厚に接しようとした。だが相手にその優しさは伝わらなかったようだ。不機嫌そうに、魚鱗の男はエルネストを睨んだ。
「初めまして、上官のエルネストです。君が新たに連合海軍に所属したガブリエル・ジョベラス大尉だね」
「嗚呼……あのおっさんから話は聞いた」
 ぶっきらぼうに返すガブリエル。少なくとも、彼の居ないところでヘルムートのことをおっさんと言える度胸はありそうだ。
「君も志望して改造されたと聞いた。年も近いし、お互い仲良くやっていけたらなって」
「軍属は希望したが、こんな身体にされるなんて望んでないぞ。」
 それは俺だってちょっとは思っている、言おうとして止めたエルネスト。彼は無機質な銀色の壁に背を向けてより掛かった。敬語で話できないのかな、と疑ったがヘルムートからある程度は彼の出自を知ったので、今は仕方ないなと妥協した。
「そうか、大変だったね。」
「そうか?俺の隣の部屋にいる同期はもっと可哀想な奴だぞ」
 君だって治安の悪化したスペインで辛い思いをしているから、比較することが間違っているよ。と提言したエルネストであったが……
「あいつは自分が悲劇の主人公とでも言いたいかのようにネガティブになってやがる。」
 "彼"も、一悶着ありそうだなと察する。
「そうなのか……行ってあげたほうがいいかな」
「知らん。だが、あの理由じゃ落ち込むだろうよ」
 ふ、と口角を上げたガブリエルであったが、目が笑っていない。
「なんせあいつは……っておい、どこに行くんだ」
「すまない、君とはまたあとで話そう!」
 踵を返し部屋を出ていってしまうエルネストに、ガブリエルは戸惑いつつも放置した。
「……変な上司についちまったみたいだ」
 はぁ、とため息を1つ。海軍の礎を気づくであろう彼らの道は、遠かった。

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