09

 甲板の上に設置してあった無人機が一斉に動き出す。先制攻撃を仕掛けたのはエルネストらであった。無差別攻撃を避けるために、無人機にもAIは当然搭載されている。それは、武器を持っている兵士を狙って内蔵されたレーザー銃を撃つのだ。大体は従来のバッテリー式だが、一部は魔導鉱内蔵の機体もあった。連合軍は、列強の国々を守るために結成された組織。それ故に守るために作られた装置は最新鋭の装備になっている。そのため試験運用も多く、さながらベンチャー企業が斬新な発想で世界に蔓延るように、兵器や兵士を育成していったのだ。
「右方に10人確認、攻撃開始」
 紅月は制御室に入り、各々の無人機を操縦していた。先述の通りAIで制御している面もあるが、大局的に見るならば人間の確認もやはり重要だ。スクリーンを睨む彼に、弱々しい面影はない。冷徹な将校のそれだ。
「よし、そのまま押し切れ!」
 エルネストが応援するように指示を送る。
「いい調子だね、少佐。」
 その流れを、上官のクリスチャンが微笑ましく見守っていた。だがこれは、連携プレーを楽しむスポーツなどでは決してない。

「ハイフォンの物流拠点が破壊された!」
「何だと!」
 ハノイにあるアメンテスのアジト内にて、ボンの耳に入ってきた構成員たちの慌てた声。――そう、これは血とはらわたの飛び散る報復である。連合軍とアメンテスの間で"誰かがやった復讐を、誰かがやり返す"ことがずっと続いていたのだ。今までもそうだったし、これからもそうだろう。そしてそれに疑問を投げかける暇は、彼らにはなかった。
「相手は連合海軍の無人機、増援を頼むとのことだ」
「僕も、行くべきでしょうか」
 ボンは構成員の一人に問いかける。
「まだ君が出る幕じゃない」
 それは庇って言った台詞なのだが、ボンは自分がまだ力不足であると感じ取ってしまったのだろうか、口を噤み悲しそうな顔をしていた。誤解を解くように別の男が告げる。
「君は期待されている。だからここで死んでほしくないんだ。」
 声色は優しかったが、却ってボンは傷ついた。僕は生み出された兵士の一人に過ぎないのに、何故そこまで期待されているのか。彼はそのように思ったのだ。
「僕は、」
「分からないわけじゃないよね、ボン。君は」
 冥府を支える"4つの命"になりうる一人なのだと。俯くボン。4つの命とは、つまるところ組織の幹部候補である。14歳の彼には、あまりにも重すぎる使命であった。その重みを分からなかったわけではない。はい、と頷いて引き下がる彼を見送ると、他の男達は実銃を持ってトラックの荷台へと飛び乗っていった。ボンは、察していた。この物量で勝てる相手ではないが、自分が出てしまうと相手に"自分"という情報を渡してしまうことを。

「問題ない」
 ガブリエルの指示、
「撃て」
 紅月の命令。彼らは人を殺す感覚が初めてであるはずなのに、抵抗がなかった。理由としては、死体を見ることなく敵を殺せることがあり得るだろう。しかし、それだけではなかった。
「さすが、順応が早いね。」
 感心するヨハンセン大佐。彼らは、改造された時から兵器としての人格が芽生えていたのだ。高揚せず、臆せず。無論今までの倫理観が無くなった訳ではない。板挟みになりうるだろう。しかしながら正義に則り敵を殺すプログラムを強固にしなければ、敵に負ける。それだけ相手になるアメンテスの敵意、殺意は高かったのだ。――たとえそれが連合軍の言い訳だったとしても。
「逃げろ!」
 逃げ惑うハイフォンの民衆。テロリストだけではない。弾を発射する無人機に怯えていたのは、そこに居た住人も同じだ。ここはかつてのベトナム戦争において、戦略上重要な港であった。時代の変遷と共にベトナムの繁栄の為に、交易の要として存在する平和な街へと生まれ変わった、はずであった。それなのに。
「ママ、待って、痛いよ!」
 逃げる最中に一人の子供が転んでしまった。置いていかれたら、死ぬという恐怖に怯えながら彼は泣き出した。その背後には、小型のレーザー銃を装備した無人機が宙に浮いていた。テロリストの反撃によって、無害な人間を判別するためのカメラと思考回路が壊されたそれに子供を見過ごす能力はなかった。遠隔操縦を行っていた紅月も、全てを一瞬で把握することは不可能だ。子供に照準を合わせる。否、狙ってなどいないが、"合ってしまった"。そうして発砲する、瞬間である。機械のプロペラが破壊され、的が外れる。機体が揺らいだところを本体ごと"斬られた"。死を覚悟する暇もなく、驚く子供。
「おいガキ、ヘマするんじゃねえ!」
 斬撃の正体は、大男の振るった刀であった。低い声で剣突けんつくを食わされ泣き止んだ子供を、母親が引っ張るようにして連れて行く。それを大男は見送ると、一つ縛りにした乱れた茶髪を靡かせて戦火を駆け抜けた。金の双眸を星のように煌めかせ、他の機体も迷いなく斬り伏せていく姿は、鬼とも修羅とも羅刹とも言える、悍ましさがあった。
「何事だ!機体の信号反応が、一気に減っている!」
 これに慌てたのは海軍側。紅月は、レーダーに映る自機たちの反応が減っていくのに軽い動揺を覚えた。
「落ち着け大尉、残る機体のカメラを写すんだ!」
 エルネストの助言に従い、スクリーンに無人機撮影のカメラ映像を反映する。
「もしかして、こいつは」
 画面を睨むガブリエル。
「……まさか、」
 声が震えている紅月。
「こんな方法で再会したくなかった……!」
 そこにいたのは。

「……胡大尉、彼と対話はできるか」
 男の正体を察したエルネストは、紅月に尋ねる。
「……できるだけのことはやってみます」
 返答する紅月。そうして、彼は残った無人機のスピーカーに、自分の音声を送信するように操作した。
「今回はこれ以上の攻撃はしない、だからお前たちも攻撃を止めろ!」
 一斉に無人機の攻撃を止めてもテロリストは疑うように攻撃を続けた。しかし、大男の指示により、銃撃は止んだ。男は金眼を細めて笑っていた。まるで《家族が会いに来た》のを喜ぶかのように。
「声変わりしたな、紅月!」
「嗚呼、まさか君がそこまで大きくなるとは思わなかったよ、開陽」
 そして、兄弟の再開を喜ぶことなく次の言葉が互いに同じ意味を込めて重なる。
「どうしてそこにいる」
 問に返す言葉は、双方ともになかった。
「……いや、私情を挟むのはやめよう。開陽。頼むからここから撤退してくれ。無辜の人々をこれ以上こちらも巻き込みたくないんだ」
「ふん、テロリストが"はい"というと思うか?……それ以前に」
 先程の笑顔は消え、据わった目で無人機を睨む開陽。鞘を片手で抑え、
「俺を捨てた人間の指示に従うつもりなど、毛頭ない!」
 音を立てて抜刀した。居合による勢いで、無人機が真っ二つになる。
「……僕からは以上です。少佐、指示を」
 だが紅月も動揺していなかった。人殺しの顔をしていた。
「今の装備ではどうなるか分からない。今回は引こう。」
 その空気に呑まれぬ様、エルネストも冷静に指示を送った。
「彼は殺さないのですか」
「紅月、上官に反抗するな」
 ガブリエルが横槍を入れる。
「……そうだね。彼はこちらにとっても重要な人間だ。殺してはいけない。」
 クリスチャンも、エルネストの判断に同意した。
「ですが、彼を殺せば」
「焦るな。今の状況を冷静に見るんだ。」
 部外者だから、こんな他人事のような事を言えるのかもしれない。エルネストはそう思いながらも、彼を諭した。そして小さく了解しました、と紅月は引き下がった。今はまだ動くときではなかった。艦から見える海原は沈む太陽によって金色を反射していた。それはまるで、彼とかつての彼の瞳のように。

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