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『スペンサー ダイアナの決意』は決してダイアナ妃を“被害者”にしてはいない

 冒頭、食堂で道を尋ねるヒロインの英国訛りがわざとらしくて(まるでNHK朝ドラヒロインの方言だ)、なぜ米国人のクリステン・スチュワートが起用されたのかなと首をひねる。
 でも、舞台となるお屋敷に着いた彼女が、王室メンバーや使用人と冷戦を戦わせたり、トイレでゲーゲー吐いたりするのを見ていたら、確かに適役だと思えたよ。うん、この神経症的な女性像はクリステンの十八番だ。
『ダイアナ』(2013)のナオミ・ワッツと同様、クリステンも特にダイアナ妃本人と顔が似ているわけではないのだが、見ているうちにそれらしく見えてくるのが映画の力。後半に移る頃には、165センチの彼女の後ろ姿までが、180センチぐらいあったダイアナ妃の たおやかなそれを彷彿させた。
 撮影班、かなり研究や工夫を重ねたと思う。

 パブロ・ラライン監督以下の製作陣は、王室生活の息苦しさや夫の浮気に苦悩するヒロインの心情を、丁寧に、丁寧に描いている。
 しかし、そこに「ダイアナ=善玉、王室=悪玉」という構図を読み取るのは、必ずしも正しくないだろう。冷静に見れば、「王室vsダイアナ」の構図に対する製作陣の立場は、けっこうニュートラルだ。
 実際、登場人物の1人は、ダイアナに対し、「王室の方々はあなたを気にかけておられます」と、真摯に進言してもいる。製作陣はダイアナ妃を一方的な「被害者」とはせず、見方によっては「単に王室生活に適応できなかった失敗者」にも見える描写をしているんですね。
 バイアスのない観客の中には、「ただのユーモアなんだから体重計ぐらい黙って乗ればいいし、TPOに合った服を用意してもらえるのだから、むしろ楽じゃないか、面倒くさい女だなあ」と感じた方も多かったはずだ。

 閉塞感と(ある意味、幼稚な)反発心から身勝手な振る舞いをせずにいられないヒロインを、夫のチャールズ皇太子(ジャック・ファーシング)は劇中で何度か厳しくいさめる。私にはこのチャールズが、「ヒロインのいじめ役」というより、「王族の義務と責任を受け入れた者の役」に見えた。
「時にはしたくないことだって、せねばならんのだ」と彼が言う時、その対象は必ずしもキジ狩りのことだけではなく、「本当に好きな年上の女性をあきらめ、見栄えはいいけど たいして好きではない若い女と結婚すること」も含まれていたように感じるのですよ。

 実を言うと、今夏のエリザベス女王の死去後、チャールズ皇太子があれほどスムーズに王権を引き継いだのは、私にとって驚きだった。「不倫して我らがプリンセスを苦しめたチャールズは飛ばし、その息子のウィリアム王子に即位させるべきだ」という世論がかねてあったと聞いていたからだ。
 しかし目立った反対運動などが起こらなかった現実に鑑みれば、ダイアナ妃の死後25年を経て、一般の英国民も一時のヒステリー状態から醒め、「どっちもどっちだったよな」と考え始めているのではないでしょうかね。
 この映画には、少なくとも部分的には、そんな空気感が取りこまれているように感じられる。

 終始、重苦しい雰囲気で進む作品だが、後半、廃墟となった生家をヒロインが訪れるシーンで、一度だけ閉塞感が取り払われる。製作・宣伝サイドに言わせれば、そこはヒロインが「一大決心を固めた」山場であるのだろうが、残念ながら私にはその点があまり伝わってこなかった。
 しかしながら、幼い頃の自分の幻影と競い合うように全力疾走するヒロインのモンタージュは、それだけで映像としてのパワーに満ちているんだよね。だから前後のシーンと物語的に整合していようがいまいが、本物のダイアナ妃がこんな風に走ったとは とうてい思えなかろうが、映画的にはこれで正解だったのだろうと思える。
 映画の良さを論じることって、本当に一筋縄ではいかない。

 劇中、ダイアナが唯一心を許せる2人の王子と触れあうシーンは、一見すると暖かさに満ちていた。だがウィリアムとハリーの現状を知る私たちの目には、微妙にシニカルなものも二重映しにならざるをえない。
 王室を飛び出したハリーはともかく、今や皇太子となったウィリアムの心中には、劇中のチャールズが語ったのと同じ厳しい覚悟が間違いなくあるだろう。ではなぜキャサリン妃は、ダイアナ妃が適応できなかったことに適応できているのか。なぜ黙って体重計に乗れるのか。
 それを考える時、「結局は結婚相手と本当に好き合っているかどうかの違いじゃないの?」という下世話で身も蓋もない結論が頭に浮かぶ(先ほど「ただのユーモアなのだから」と書いたけど、夫婦仲の悪い奥さんって、婚家のユーモアのセンスを毛嫌いする傾向がありますよね、王族ならずとも)。
 そういえば、私たちに身近などこかの国の皇室でも、K妃は適応できたけど、M妃は適応できずにいるのですよね。・・・あ、すみません、だからどうだと言うつもりはございません。

スペンサー ダイアナの決意
SPENCER
(2021年、英=チリ=独=米、字幕:川嶋加奈子)


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