アチェギャヨ

最近、アチェギャヨというコーヒー豆を使っている。アチェはマレー半島とマラッカ海峡を挟んだスマトラ島の北端、インドネシア全体で見ると西北端に位置する州の名前である。非常にイスラムの力が強い地域で、たまにインドネシアで不純交際した男女が鞭打ちの刑に処された、というニュースが流れると大抵の場合このアチェでのことである。少し前も夜にカフェで男女が隣り合って座った結果、鞭打ちか投石の憂き目に遭っていた。ちなみにその二人は偶然隣り合っただけの赤の他人である。これこそ災難というものだろう。以前はイスラム教徒でないことを説明すれば難を逃れられたが、最近は宗教に関係なく非寛容らしいので中々縁の遠い地域である。

インドネシアは国民の9割がイスラム教を信仰している。信仰の度合いは様々で、私の住むジャワ島は比較的規律が緩いと感じる。禁酒・禁欲を旨とするはずなのに、会社の売店でノンアルコールビールが販売されていたので間違いない。さすがアジア最大のイスラム勢力国なのになぜかイスラム国にテロ指定を受けただけのことはあると感じた。

もちろんアチェの住民たちのように厳しい人は一定数存在するので、たまにイスラムの教理に則り、禁酒法や未婚の男女がホテルに泊まることを禁止する法律が発議されて物議をかもす。禁酒法は現在、前回の大統領選候補にして現国防相のプラボォ氏が率いる最大野党が発案して審議中、後者の法案は大学生のデモによる激しい反対運動を受け、審議棚上げとなっている。

プラボォ氏はかつて軍人として要人暗殺部隊、通称ニンジャ部隊を率いて暗躍し、一時国外追放されていたのにナショナリズムを刺激して支持者を集めて国政へ電撃進出、現大統領のジョコウィ氏の反対勢力を迎合して大統領候補に躍り出たという非常に語ることの多い人物である。

2019年に行われた大統領選挙では現職のジョコウィ氏と国を二分して争った。当時、ジョコウィ氏が第一候補者、プラボォ氏は第二候補者で、指を二本立てるピースサインはプラボォ氏支持を意味した。そのため写真を撮るときなどに人前でピースサインをすることは不要な争いに巻き込まれる危険をはらみ、我々外国人の間では暗黙の了解で禁じられていた。

選挙は4月に行われ、その日は投票済みを表す藍色の染料を小指に付けた人が街中に溢れていた。選挙は地方選挙と抱き合わせで行われた結果、人口2億人超の国で10億票以上の投票がなされ、手作業で開封にあたる公務員は不正防止の観点から密室に数日間に渡って軟禁される羽目になった。結果、開封作業中に過労で亡くなった公務員の数は2桁以上に上り、彼らは国に殉じた英雄として丁重に扱われた。まさに選挙とは戦争である。

国中の注目が集まる中、プラボォ氏は惜しくも敗れた。それに納得しない支持者はそのままデモ隊となってジャカルタの至る所で選挙のやり直しを求めるデモが行われた。元々が国を二分した選挙だった上、プラボォ氏の背後には軍の支持もあったので個人的にはクーデターを恐れていたが、デモが1か月ほど続いたある日、転機が起こった。

プラボォ氏とジョコウィ氏は"たまたま"、開通したばかりの地下鉄で"ばったり遭遇"し、JKT48の常設会場があることで有名なFXモールのレストランで会食し、和解に至った。その流れでプラボォ氏は入閣して国防相になった。この日を境にデモは鳴りを潜めた。

もしあの日、ジャカルタに地下鉄が走っていなかったら2人は出会うこともなく、国政の分断は続いたままだっただろう。そんな地下鉄はジョコウィ政権1期目の目玉として、大統領選挙直前の3月末に見切りで開通した。切符の値段が決まっていないので決まるまでは無料というアバウトな料金体系で開通時話題をかっさらった。

インドネシア初の地下鉄開発に当たっては多数の日系企業が参入し、後に金払いが悪かったので開通を機にほとんど撤退済みである。延線工事計画が持ち上がっているが、参入企業がいないと専らの噂である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?