きりん

岐阜県生まれ、大学は東京、就職は愛知。赴任で今はジャカルタ。

きりん

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マガジン

  • 岐阜考察

    私なりに郷里の岐阜県について考察しています。 基本的に郷土愛等はないので、フラットな視点で岐阜県を論じていると思います。1億2千300万人の岐阜県民以外の人には楽しんでほしいし、残りの200万人の岐阜県民は怒らないでほしいです。

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マヨネーズをつけられるということ

飽食の時代私が幼い頃は、まだ戦中・戦後世代の方がご健在で、よく「今は飽食の時代だ」と言われた。その真っ只中に生きる私には、その意味がよくわからなかったが、今はよくわかる。飽食とは、マヨネーズへの感謝を忘れることである。 インド出張ある年の春、私は仕事の都合でインドにいた。 空港から外に出て辺りを見回したとき、飛行機の中で観た『Mad Max 怒りのデスロード』とほぼ同じ世界観が広がっていたので大変驚いた覚えがある。町の建物は経年劣化では説明できないような荒廃ぶりを見せてい

    • ダイエット

      私には悩みがある。痩せないことだ。 今年の春にインドネシアから日本に戻り早3ヶ月。体重に変化が見られない。何なら少し増えた。 私はこの3ヶ月、走ったり泳いだりといった一切のダイエット的行為を行ってこなかったので、これは当然の帰結と捉えることもできる。しかし、一つだけ声を大にして言いたいのは、昔はこれで痩せたのである。以前なら何もしないだけで体内のカロリーが空気中に放出されるが如く、身体は軽くなった。それが今や、何もしないことは何も起こらないことを意味するように変わってしまった

      • ラジオ体操とヨガ

        私の勤める会社では朝、ラジオ体操が流れる。ただしタンタラーン、タンタラーン、タラララ…という聞き慣れた音楽の次に流れてくる動きの指示は全て英語だ。 インドネシア人向けの配慮で英語版を流しているのだが、その実私の会社で働く工員のインドネシア人はほとんど英語が通じない。そのため配属までの研修にラジオ体を覚えることが織り込まれている。 一方我々日本人も、速いテンポに合わせて詰め込んだ英語の指示を理解して、都度従いながら身体を動かせるわけもなく、昔から覚えている一連の動きを再現し

        • 有限と有効

          恐らく数年ぶりにmixiにログインし、当時読んでいた本や映画の感想を書いたレビューを読んでいた。その中に1つ、全く読んだ覚えのない本が1冊あった。 レビューを書いていたのが2012年なので、読んだのは今から9年前ということになる。幾度かの引っ越しの中で棄ててしまったのか、本は残っていない。9年も前なら覚えていないのも仕方のないことかもしれないが、全く記憶にないという事実が自分の中で衝撃的であった。この年になると、全てを覚えておくことはできない。下手をすると覚えていることより

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          10本

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          中島らも『永遠も半ばを過ぎて』

          私は昨年一年間、ゴルフにはまっていた。ゴルフはとても不思議なスポーツである。十分に素振りをして、得心したところでボールに向かい、練習と同じようにスイングしてもクラブのヘッドがボールにうまく当たらないのである。これが野球ならば、ピッチャーの投げたボールにバットが当たらないのは理解ができる。動くボール、まして相手が意図を持って当てられないように投げたボールに正確にヒットさせることは誰が考えても難しい。 しかしゴルフはそうではない。ボールは動かず、常にそこにある。悪いのは当てるこ

          中島らも『永遠も半ばを過ぎて』

          水と空気

          隔離ホテルの暮らし海外在留邦人向けのワクチン接種プログラムを受けるため、先日から一時帰国している。現在、キルギスとインドネシアからの入国者は政府指定の隔離ホテルで10日間滞在することが義務付けられており、6畳くらいの部屋で一歩も外に出られない状態で過ごしている。とはいえ、大きな窓が付いていて外の景色を楽しむことができるので、それほど閉塞感はない。別々の部屋で過ごす妻からは昨日、よく晴れた晴天と飛行機の写真が送られてきた。食事はお弁当が決まった時間に3回配られ、水は頼めばいくら

          水と空気

          海と内陸

          以下は、内陸県の地位向上に尽くしたある男が、群衆で埋め尽くされた葛西臨海公園で語った演説の一文である。 私には夢がある。いつの日か、南紀の白浜の上で、内陸県の子供と海あり県の子供が同じビーチパラソルの下で一緒に座ることができるようになるという夢だ I have a dream that one day on the white beach of Nanki the sons of Inland prefecture and the sons of seaside prefe

          海と内陸

          デス・ゾーンと神々の山嶺

          栗城史多という登山家がいた。冒険の共有と5大陸最高峰単独無酸素登頂を掲げ、精力的に自分の活動をアピールし、自身の登山の様子をネット配信する等して一時期注目を集めた。一般的な登山家のイメージ、つまりは寡黙で、世間とは隔絶した自分の世界を持ち、ただひたすら山と己の限界と向き合うという求道者然としたものとは一線を画す人物であった。 私が彼の存在を知ったのはおよそ10年ほど前、恐らく彼の絶頂期の頃であった。その当時の彼は、稀代の若手登山家としてもてはやされ、TVで幾度か目にする機会

          デス・ゾーンと神々の山嶺

          付加価値の回転

          先日ある経営者のコラムに、会社の業績を上げるには、究極的には ①付加価値の高い製品を売る ②安く作れる仕組みを作る の2つしか方法はなく、多くの経営者は②に集中する。なぜならそちらの方が簡単だから、という話があった。 なるほどと思った。私はメーカで原価管理をやっているが、思い当たる節が多い。 話の前段階として私のいる業界の特徴をまとめる。まず、エンドユーザーに商品を提供するメーカが存在し、そこからピラミッド型に部品サプライチェーンが形成されている。主に1次サプライヤ

          付加価値の回転

          肋骨とスニーカ

          先日、Youtubeでスニーカの紹介動画を観て購入を決意した。素足にサンダルが基本のこの生活において本来靴は不要だが、有り余る購買意欲を抑えることができなかった。 まだ雨季が続いているし、雨の日に足が濡れないように靴を買ってもいいかもしれない。南国の雨はサンダルだろうが靴だろうが容赦なく足を水浸しにすることは百も承知の上で、私はそのように自信を納得させ、早速スニーカを購入した。無論、せっかくの新品のスニーカをわざわざ雨の中履こうという意思は購入後に毛ほども湧かなかった。我な

          肋骨とスニーカ

          ボロは着てても心は錦

          日曜日にゴルフに行った。ゴルフとは早朝の高原をジョギングし、そのインターバルにクラブでボールを打つスポーツである。上達するほどボールを打つ回数が減り、コストパフォーマンスが悪くなるという珍しい特性を持つ。 日本ではジャケットを羽織り、革靴を履いて紳士的な振る舞いでクラブハウスに入ることを求められるが、インドネシアでは入場時服装自由である。恐らく何かしらの不文律は存在するはずだが、現地インドネシア人を含めて誰もそれを守っていない。 また、日本では午前中一杯かけて前半9ホール

          ボロは着てても心は錦

          ツープラトン

          二色使うことをツートン(two-tone)と言うが、単色はなんだ?ワントン(one-tone)か?と思い調べたところモノトーン(mono-tone)だった。言われてみれば確かにモノトーンだ。一瞬でもワントンと考えた己を恥じた。 それならばワンの代わりにツーの前に収まるモノとは何者かと気になりさらに調べるとモノクロームの略と出てきた。モノクローム。聞くことはあれど語義は分からない。モノクロームを説明したページを読むと、意味は一つの色らしい。モノクロームだけで一つの色なら、その

          ツープラトン

          コネティカットのひょこひょこおじさん

          座右の銘世の中、一度見聞きしたら忘れられない言葉というものがある。私にとっては「コネティカットのひょこひょこおじさん」がそれに該当する。なぜコネティカットなのか、何がひょこひょこなのか、どういうおじさんなのか。全く意味が分からない。3つの単語の連なりからなるこの言葉は、中身のない大きな衝撃を私に与え、無駄に胸の奥に深く刻み込まれた。もう少し格言めいたものとこのような出会いを果たせば、座右の銘に据えるなどしただろう。しかし残念ながら私はこのように素っ頓狂な言葉を自身の座右に据え

          コネティカットのひょこひょこおじさん

          アチェギャヨ

          最近、アチェギャヨというコーヒー豆を使っている。アチェはマレー半島とマラッカ海峡を挟んだスマトラ島の北端、インドネシア全体で見ると西北端に位置する州の名前である。非常にイスラムの力が強い地域で、たまにインドネシアで不純交際した男女が鞭打ちの刑に処された、というニュースが流れると大抵の場合このアチェでのことである。少し前も夜にカフェで男女が隣り合って座った結果、鞭打ちか投石の憂き目に遭っていた。ちなみにその二人は偶然隣り合っただけの赤の他人である。これこそ災難というものだろう。

          アチェギャヨ

          卵をめぐる祖父の戦争

          先日、「1917 命をかけた伝令」という映画を観てこの本を思い出した。両者は、若い2人の兵士が命をかけて戦場・危険地帯を駆け回るという設定が似ていた。 違う点もあった。「1917 命をかけた伝令」では第1次世界大戦中のフランスを舞台にイギリス軍人が主人公を務める。一方、「卵をめぐる祖父の戦争」では、第2次世界大戦中、独ソ戦でドイツ軍に包囲されたレニングラード周辺を舞台に、ロシア人兵士が主人公となっている。 そして最大の違いが、前者が孤立しかけている友軍に決死の伝令をすると

          卵をめぐる祖父の戦争

          Wave

          日本と会議をしていて、「インドネシアはコロナ第2波、第3波とか大丈夫ですか?」と訊かれた。振り返ると最初にコロナが増え始めてから感染拡大が収まらないのでずっと第1波が続いている。1とか2という区分がない。返事に困ったのでとりあえず「第2波はまだ来ていないので大丈夫ですよ」と答えた。