樋口則義と多喜は、親から結婚を許されず郷里の甲斐国山梨郡を出奔し、1857年江戸に出ます。

則義の父・八左衛門の友人で書調所勤番筆頭だった真下幸助の世話になり、使い走りの職を得ます。

苦節十年、1867年南町奉行所の平同心・浅井竹蔵から同心株を100両で買取り、30俵2人扶持の同心となり、南町の5番組与力・仁杉八右衛門の支配下に入ります。

しかし、翌年には江戸城無血開城がなされ、上野戦争では、旧幕府側の彰義隊が新政府軍に敗北します。

同年江戸開府事務が始まり、北町奉行所・南町奉行所を廃し、町奉行管轄地を管掌する「市政裁判所」を旧南町奉行所に設けますが、与力・同心は引き続き職務するよう命じられます。

しかし、江戸を東京とする詔書が発せられると二ヶ月余りで市政裁判所は廃止され、東京府庁を設置し、全ての業務を府庁舎へ移して執務を開始します。

樋口一葉（1872- 96）は、東京府第二大区一小区内幸町の東京府庁構内の官舎長屋で、東京府下級役人の樋口則義と多喜の次女として誕生します。

1876年樋口一家は、本郷に移り住みます。一葉には、姉ふじ、兄泉太郎と虎之介、妹くにがいました。幼少時代は子供の遊びに興味がなく読書を好み、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』を3日で読破したそうです。

一葉は、83年小学高等科第四級を首席で卒業しますが、母多喜から女性に学業は不要だとされ退学します。しかし、向学心が強い為、86年父則義は、旧幕時代の知人医師遠田澄庵の紹介で中島歌子の歌塾「萩の舎」に入門させます。

87年長男泉太郎が肺結核で死去し、翌年父則義が家屋敷を売り事業に参画するも出資金を騙し取られ負債を残し死去した後、東京専門学校の法科に在学中だった許嫁の渋谷とは婚約解消になります。

素行が悪く勘当され分家した次兄虎之助は、母と折り合いが悪く頼れず、一葉は、90年歌塾「萩の舎」の中島家に住み込むも、女中の様な扱いをされ五ヶ月で辞めた後、本郷菊坂の家賃の安い借家に母と妹三人で引越します。

母と妹と3人で、針仕事・洗い張り・下駄の蝉表作りなどの内職をしますが、それだけでは不足し、方々に借金を繰り返す苦しい生活を強いられ、旧伊勢屋質店に通うことも度々ありました。

「萩の舎」同門の姉弟子である田辺花圃が、88年小説『薮の鶯』を出版し、33円という多額の原稿料を得たのを知っていた一葉は、89年頃小説を書こうと決意します。

91年『東京朝日新聞』専属作家の半井桃水を訪ねて師事するも、中島歌子や伊東夏子に交際を反対され桃水と絶交し、上野図書館に通い独学します。田辺花圃の紹介で、幸田露伴風の理想主義的な小説『うもれ木』を雑誌・都之花に発表し、初めて原稿料11円50銭を受け取ります。

三宅花圃の紹介で、文学界創刊号に『雪の日』を発表しますが、その後筆が進まない一葉は、生活苦打開の為、93年吉原遊郭近くの下谷龍泉寺町で荒物と駄菓子の雑貨店を開業します。

この時の経験が、後に代表作となる小説『たけくらべ』の題材となります。 年末に『琴の音』を文学界に発表しますが、翌年1月近所に同業者が開業した為、商売が苦しくなり、相場師になろうと占い師久佐賀義孝に接近し借金を申し込みます。

一葉は、1894年店を引き払い、本郷区丸山福山町に転居します。萩の舎と交渉し月2円の助教料が得られるようになり、 同年12月『大つごもり』を文学界に発表すると、にごりえ・十三夜・裏紫など次々と作品を発表します。

96年文藝倶楽部に『たけくらべ』が一括掲載されると、森鷗外は一葉を高く評価します。しかし、一葉は肺結核が進行しており、鷗外が、当代随一と言える樫村清徳・青山胤通らの医師を頼み往診に向かわせます。

しかし、当時は有効な治療法がなかった為、一葉は死去します。森鷗外は、陸軍一等軍医正森林太郎として正装し、騎馬にて棺に従う参列を打診しますが、遺族に丁重に断られ、葬儀は身内だけ十数人で築地本願寺で質素に行われました。

…文筆家などの来客が訪れるようになり、着るものにも困る貧しい生活でしたが、歓迎して、鰻や寿司を取り寄せ、明るく振る舞った24年6ヶ月の短い生涯の中で、日本の近代文学史に残る作品を残されました。

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