「場所」

・「あんたがよくなるためには、この場所を離れなくてはダメだ」まるでアニメかおとぎ話のようなセリフだが、オレにはその意味がよくわかった。

 大切だと思わなければ、もっとよくしようとさえ思わなければこうはならなかった。どうでもいい、知ったこっちゃない、そういう気持ちがありさえすればこうなることは防げたはずだった。寝食を忘れ、骨をうずめるつもりで……そう、端役となって死んでもよかった。しかしそういう気持ちがすべて裏目に出ていた。そういう感情のすべてがオレを滅ぼすためのエネルギーとなってオレに矛先を向けて、オレを解体しているのだ。

 ・「裏切り」というのは近い関係ほど有効だ。近ければ近いほど、仲が良ければいいほど、信頼があればあるほど破滅的なダメージに繋がる。オレの経験したそれは、針を振り切るほどのものだった。

 困っているのであれば手を貸したい、それが全力で裏切りへとつながった。「オレはもう助かった、お前のことは知ったこっちゃない」……そういう決断ができるやつがこの世にいようとは、いやそんなことがこの世にあるはずがない、あっていいはずがない。そうして全力で裏切られたオレは、ほとんど意識がなかった。今でも意識があるかどうか怪しいほどに。壊滅的なほど薄い意識。

 「精神崩壊」なんてものはわからないが、多分精神がけっこうな範囲で壊れてしまっているのだろう。そしてその破滅と絶望は、誰かにとってはうまみであったりもする。人の不幸は蜜の味であるとすれば、この究極の破滅は究極のうまみではないのか? 「ざまあ」という声がオレにも聞こえる。

 ・この二年というもの、正気を失い、あるいは精神を破滅させたかもしれないオレがよりどころにしていたものはなんだったんだろう。時折思い出していたのは、二年前の災害で町に大量の土砂が流れ込んできたとある町だった。

 ボロボロになっても、これだけの被害が出て、死者も出て。そして再び雨が降って新しい死者が出るかもしれない状況でもスコップ片手に現地にやってくる人たちがいた。困っている人がいれば、誰かを助けたい……それはわからんでもない、わからんでもない。

 でも、そういう気持ちさえなければ裏切られることはないはずだ。誰かのため、町のため、そういう感情があるからこそ付け込まれ、そして破滅することが「ざまあみろ」という人々の歓喜へとつながる。「馬鹿なやつだ」という優越感になったりもする。あるいは会社より土地を、とやって出遅れるやつだっているかもしれない。そういうことは決定的に損なことだ。ある意味では自殺願望の一種かもしれない。休まず、町の損害に目を背けて生きる方がよほど賢い。そこで引っかかった落ちこぼれはレースからリタイヤしたに等しい。ざまあ!

 それでも人は町のために働いていた。その意味が何度考えてもオレにはわからなかった。本当に馬鹿なやつ、そんなことをするぐらいなら……もっと得な道なんていくらでもあるはずなのに……その道を敢えて捨ててまでやることなのかよ……一体、こんなことして一体誰が喜ぶんだよと。まるでアリの群れがエサにでも群がるかのようだ。

 え? アリでさえ甘いものを求めているのに、人ときたら甘いものすらないのに群がってやがる……

 ・「この土地を離れれば君は良くなる」その意味が確かにオレにもよくわかる。家族や知人、全てを捨てなければもうオレは良くならない。よくなるためにはこの土地を捨てる以外にないんだよというその言葉の意味がよくわかった。砂漠、焦土、絶望、憎しみ、憤り……どういう言葉が最も相応しいかはわからない。見渡す限りの焼け野原で、オレは確かに何もかもを見失っている。希望や夢まですべて失われたような気もする。ゼロじゃない、マイナスだった。生えるべき種すら、その可能性すらすべて焼き払われてしまった。

 一体どうすんだよこれ……そういいたくなるほど焼き尽くされた世界で呆然としている。

 それでも人は生きる。なぜかはわからない。ボロボロになっても、バカにされようと、ただ群がるアリのように……

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