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【小説】可愛い上司 case2 課長の場合

うちの課長はいわゆるできる男、って奴だ。

二十代で課長、留学経験だってあり。
社長からも目をかけられている。

見た目だってスクエアの、細い銀縁眼鏡にきっちりとセットされた髪、それにスーツがよく似合う。
いわゆるイケメンって奴。
あまりによくできすぎてて、たまに同じ人間なのか疑いたくなる。

「課長、コーヒーどうぞ」

「ああ、ありがとう」

コーヒーは基本、セルフサービスだけれど、課長に持って行きたい女性はあとを絶たない。
いつも笑顔で受け取る課長に、きゅんとこない女性はいないだろう。

ちなみに出されるコーヒーはブラック。
最初に出した女性がブラックでいいかと聞いたら、いいと答えたから。
そのあたりはイメージ通りっていうか。

「課長、今度の飲み会、どうします?」

「ああ、私は欠席で」

そんな課長だけれど、飲み会は必ず不参加だ。
いや、飲み会不参加はケチだから、というわけではない。
参加費プラスアルファ、必ず出してくれるし。
でも、どんな小さな飲み会でも必ず不参加なのだ。

……しかし会社組織、すべての飲み会を欠席するなんて不可能なわけで。

部長が家庭の事情で退職することになり、送別会を開くことになった。

お世話になった部長の送別会。
これを課長が欠席するなんて不可能で、今度は出席するらしい。

送別会が始まってしばらくのあいだ、課長は普通に飲み食いし、みんなと普段と変わらない様子で話していた。
しかし、盛り上がっていくまわりとは反対に、次第に口数が少なくなっていく。

……そして。

「俺はだいたい、辛いものが嫌いなんだ。
なのにキムチ鍋とか」

ぼそぼそと課長が話しだし、周囲の人間が凍りつく。
今日の送別会のメイン料理はキムチ鍋だった。
一応、好き嫌いが分かれるものなので事前に皆に聞き、嫌いな人間はいないということでこれになったのだけれど。

「そもそもあれだよ、俺が甘いもの食ってるところが想像できないとか。
悪いか、俺は甘いものが大好きなんだ」

……えっと。
誰も一言も、そんなことを言ってないのですが。
ああ、確かに課長が赴任してきてすぐのころ。
コーヒーはブラックでいいですか、って聞いた子がいましたが。
別にそこで砂糖ミルクをご所望されたって、問題なかったですよ?
なんですか、トラウマになるようなことがあったんですか。

「しかも勝手に酒が飲めると思われて、どんどん飲まされるし。
あとが大変だから嫌だっていうのに」

そう言いながらも、課長はビールを口に運ぶ。

「……踊る」

突然すくっと課長が立ち上がり、潮が引いていくかのようにみんな後ずさっていく。
課長が自分の携帯を操作し、そこからはやすき節が流れ出した。
かごの代わりか空の皿を持ち、えらく腰の入った動きで課長は踊り出した。

はっきりいって、シュールとしかいいようがない。
銀縁眼鏡のいけてる男が、ノリノリでやすき節なんて踊ってるんだから。
一同がシーンと見守る中、踊り終えると課長はぱったりとその場に倒れた。

「課長!?」

「すーすー」

……いい加減、酔いが回ったのか、課長は気持ちよさそうに寝息をたてていた。

それから。
課長を飲み会に誘わない、誘ったときは絶対に飲まさないという暗黙の掟ができた。
もう二度と、あんな惨事は起こしたくないっていうのがみんなの正直な気持ちだ。

……さらに。

「課長、お茶どうぞ」

「ああ、ありがとう」

あれから、課長にはコーヒーを出さなくなった。
きっと砂糖ミルクを勧めてもまた我慢してしまうだろうし、そもそも飲み会で自分が話したことなんて覚えてないようだし。
なら、お茶が無難だろうってことで落ち着いた。

そして私は、課長のことが可愛くて仕方なくなっている。
どんなトラウマがあるのか知らないが、イメージを壊すことが怖くて、我慢してブラックコーヒーを飲んでた課長が可愛いと思う。
ほんとはお酒に弱い癖して無理して飲んで醜態をさらしてしまうのも、人間らしくて好きだ。

課長に可愛いとか言ったらどんな顔をするのか、想像するだけで楽しくて仕方ない。

【終】

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