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木原事件 「事件性なし」の殺人事件(最終回)

この物語はフィクションであり、登場する人物は全て架空の人物です。

再び鬼原事件の捜査が行われると栗山官房副長官はやや苛つきながら露本警察庁長官に電話をしました。「一体どうなっているんだ!捜査が始まったら間違いなく鬼原さんの奥さんが警察に呼ばれるだろう。そうなったら岸本総理もオカンムリだぞ!」「栗山さん、でも検察側はこの件に事件性があることは十分わかっています。こちらが止めようとしても無理だと思います」「それなら最低限、奥様の事情聴取が外に漏れないようにしろよ!」鬼原の愛人・英子が支援者に面倒を見てもらっていることまで知っている鬼原とべったりの栗山官房副長官は「鬼原さんはこれからまだまだ活躍してもらわないといけない人だからな」と釘を刺しました。

合同捜査が始まり、検察としても山本淳の供述を既に再確認していますが、何しろ彼が現場に到着したのは犯行があった後なのです。いくら彼が証言してもあくまで状況証拠であり、残念ながら被疑者の特定には繋がりません。当然、逸子の父親にもコンタクトしましたが、父親の福本謙三は検察の任意の事情聴取には全く応じる気配がありません。従い心証は極めて悪いもののこれ以上先に進むことが出来ず、完全に袋小路に入った状態でした。「やはり無理か!」戸川検察捜査官はため息をつきますが、それでも諦めきれずに2006年当時の大塚署担当刑事のリストを眺めていました。すると福本と1年違いで入庁している加賀美と言う刑事が大学時代にボクシング部に所属していたことに気が付きます。M大学なので福本のいたH大学とは違うものの何かの接点があったかも知れません。戸川は早速M大学に行き当時の情報を調べました。すると加賀美は福本と同じ階級でしかも当時ライバル同士であったことが判明します。

戸川捜査官は地検の取調室で既に警視庁を退職している加賀美に向かい、事件当時の様子をもう一度確認しました。加賀美は当時、刑事組織犯罪対策課長で当日早朝、担当刑事から事件の報告を受けるといつもより早めに署に到着していました。戸川は「この件で何故捜査一課に応援を頼まなかったのですか?」「いや!もちろん本庁の捜査一課に連絡しました。一課の臨場もあったし司法解剖にも回しましたよ。ただ状況から判断して自殺の可能性が高いと一課が判断して、その後は署で処理することにしました」「本当ですか?本当に一課が自殺と判断したのですか?」「そうですね~。随分昔の話なのではっきりとは覚えていませんが、確か一課の判断だったと思います」ここで戸川捜査官は切り札を切ることにしました。「加賀美さん!我々はこの事件は明らかに殺人事件だと判断しています。亡くなった吉田民雄氏の義理のお父さんとは面会されましたか?」「はい、お会いしたと思いますが・・」「その時、娘さん夫婦の関係でなにか話を聞きましたか?」「多分聞いたとは思いますが、余り覚えていないですね」「そうですか!それ以外に気になったことはなかったですか?」「いや、覚えていませんね」「加賀美さん、検察に嘘をついては困りますよ!」「いや、嘘などついていません!」「しかし、あなたと福本謙三氏は大学時代からの知り合いですよね!」「・・・」「ちゃんと調べてありますよ。大学ボクシングのライバルでしかも仲が良かったそうじゃないですか!それを覚えていないのですか!」

観念した加賀美は徐々に本当のことを話し始めました。「あの朝、署に彼が現れたのです。そして日頃から覚醒剤をやって暴れていた吉田に娘が我慢出来ずにやってしまったかも知れないと言うのです」「じっくり話を聞くと吉田は在日で渋谷の風俗店に勤めているヤクザまがいの男と言うことでした。そんなわけで福本に同情して、なんとかしてやると言ってしまったのです」他の刑事は皆殺人事件だと思っていたと思います。でも私がなんとか自殺の方向に持って行くと皆も協力してくれました」

捜査陣は山本淳の証言に加え、元大塚署刑事の証言が取れたことで早速、鬼原逸子の逮捕状を請求しました。今回は鬼原衆議院議員の妻・逸子の逮捕なので流石にメディアが報道しないわけには行きません。新聞やテレビで大々的に報道されると真っ青になったのは父の謙三でした。逸子が喋らなければ大丈夫だとたかを括っていただけに、この突然の報道に大慌てで警視庁に駆けつけました。「逸子ではない!!俺がやったんだ!!」と謙三は懸命に訴えます。そして数日後、謙三の自白が認められ、逸子は釈放されました。疲れ切った姿で議員宿舎に戻った逸子に鬼原はたった一言こう答えます。「お疲れ様」、上の子供二人は既に大人ですが、下にはまだ小学生の子供が二人残っています。二人の子供の為にも自分はまだまだ働かなければなりません。いずれ英子の娘も引き取らなければならないこともわかっています。その為には逸子に今後も議員の妻としての役を演じてもらわなければならないのです。

福本謙三が逮捕されてしばらく経った頃、露本警察庁長官の家には二人の検察官が訪れ、露本は事情聴取の為、東京地検へ連行されていました。実は週刊ブンブンの報道があって少したった頃に遡りますが、日頃から警察の隠蔽体質を追求して来た高松タイムスの川下社長は露本長官の「事件性なし」発言を見て、自分が経験した事件と同じ匂いを感じ、露本長官を「国家公務員の情報漏洩、犯人隠避」の罪で告発しました。具体的な証拠がないとして何度も差し戻しされていましたが、川下社長は決して怯むことなく今回は5回目の告発状を出したところでした。福本謙三の逮捕により、本件は事件性があることが証明されました。そして警察庁長官が古い個別案件であるにも拘らず、早々と「事件性なし」と公表したことが、余りにも不自然で、その後の事件捜査にも大きな妨げになったことから、検察としても捜査せざるをえない状況になっていたのです。長官は事情聴取に対し「週刊誌の記者に聞かれたので、その日、警視庁捜査一課長がコメントしたことを引用して答えただけだ。今回は警視庁が適正に捜査して犯人逮捕に繋がったことは嬉しい限りだ」と白々と答えるのでした。もちろん栗山官房副長官から頼まれたとは口が裂けても言えません。その後は押し問答が続きますが、犯人隠避罪が適用されるには誰か関係者をかばっていたことを証明しなければなりません。結局、嫌疑不十分のまま不起訴と言う結論になり、警察庁長官が起訴されると言う前代未聞の出来事が起こることはありませんでした。しかし、支持率が歴史的レベルまで低下し続けていた岸本政権が倒れると、新たな政権は栗山官房副長官を再任せず、その後、露本警察庁長官も検察の捜査を受けると言う不名誉の責任を取る形で退官を余儀なくされました。
(完)


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