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「制約は創造の母」

先日、慶應義塾大学言語文化研究所主催の鼎談イベントに参加させていただきました。言語学者の川原繁人さんの声かけで企画されたイベントで、「ことばを楽しむ ことばで楽しむ ― 言語芸術の地平 ―」という標題のもと、歌人の俵万智さん×ラッパーのMummy-Dさん×言語学者川原さんのお三方による鼎談が実現しました。

俵万智さんといえば誰もが知る「サラダ記念日」。国語科教育のことを少しかじってきた私ですから、俵万智さんご本人のお話を伺えるというのは非常にわくわくします。一方、Mummy-Dさん・RHYMESTERは、私の学生時代のヒーローであり日本語ラップ界のレジェンド。そんな方が俵万智さんと交わるイベントということで、告知を見た瞬間に秒で申し込みました。

2時間の鼎談はあっという間で濃密。鼎談の内容を振り返ってまとめようとしたら大変な文章量になりそうです。今回は、お三方のお話を伺っていて英語教育の観点から考えさせられたところに集中して、あらためて考えてみようと思います。

制約は創造の母

鼎談のなかで、短歌と日本語ラップの共通点として「制約・不自由さ」というのがキーワードとなりました。川原さん曰く、「制約は創造の母」という言葉があるそうで、短歌や日本語ラップにはこの言葉がぴったり当てはまるということです。

短歌においては、五七五七七という枠があるからこそ、それを崩して楽しんだりという工夫が生まれる。同様に、ラップにおいても「押韻」という制約があるからこそ、そこに様々な工夫が生じると言います。

特にラップに関しては、日本語ラップの黎明期からずっと、日本語は言語的にラップに向かないと言われてきました。「母音+子音」が標準セットなため、押韻のバリエーションが少なく、文法的にも語尾がもともとそろいやすい。また、英語なら"My name is"(3音節)で済むところ、「私の名前は」は8音節もかかってしまい、日本語は「音節を食う」(Mummy-Dさん)といった要素もあります。このように、確かに英語と比べるとラップに不向きに思えます。

川原さんやMummy-Dさんの話では、こうした「不自由さ」があったからこそ、様々な工夫がなされ、「日本語ラップ」という独自の文化が生まれたといいます。

日本語独自という点では短歌も同じく、俵万智さんも短歌において日本語固有の特徴をうまく生かそうとしているそうです。「この技法は英語にはできへんやろ」ということをやろうとしているので、例えば短歌を英訳した際に無理やり「五七五七七」にしても意味がない、と俵さんはおっしゃっていました。

英訳に関して言えば、「サラダ記念日」を英訳しようという時のこと、翻訳の方から「これは "my サラダ記念日" ですか、それとも "our サラダ記念日" ですか」と聞かれたそうです。そんなことをいちいち考えなければならないなんて、ある意味では英語って不自由な言語だな、とおっしゃっていました。日本語ラップが不自由だという話をずっとしてきた中で、英語もある意味不自由だというは発言が出てきたのは、鼎談の流れとして個人的には非常に面白く感じました。

不自由であるがゆえに深まる思考

「英語はある意味で不自由」という俵万智さんの発言で、私の英語教師脳が活発化しました。制約は創造の母。不自由であるがゆえに生み出せるものがある。

myかyourか考えなければならないというのが「不自由」かどうかはさておき、日本語で生きている限りには考えることもなかった視点を、英語や外国語というチャンネルを通すことで持つ。これが、外国語教育の大切な役割の一つと言えます。

例えば「サラダ記念日」に関していえば、俵さんご自身も、この詩を鑑賞する人も、"my サラダ記念日" なのか "our サラダ記念日" なのかなんて、考えもしなかったと思います。しかし、「自分が決めた記念日だから "my" かな」とか「二人の思い出だから "our" かな」など、そこをわざわざ考えることによって、「サラダ記念日」がより立体的になるような気がします。

英語を使っていて、学んでいて、教えていて、「不自由さ」がゆえに思考が深まるという経験にはよく出会います。伝えたいこと、表現したいことがある。でも、自分が持っている限られた英語表現では直接表現できない。そんなときには元のメッセージを少々言い換えたりして(circumlocution、婉曲表現とも言います)なんとか表現しようとします。でも言い換えた結果、なんか元々表現したかったことと違うな、など、あーでもないこーでもないと考えることになります。このようなプロセスを通して、英語表現だけでなく、思考自体が深まるのです。

言語材料が限られているからこそ、本質を考える。まさに「制約は創造の母」ではないでしょうか。自分の英語授業でも大切にしたい考え方です。

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