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アデル 第十四話 媒

 次にアデルが向けたのは、第二の予測である。先ほどボトルを手渡した時に触れた翔の指伝いに知った感情。そこから組み立てられたものだった。

「ふーん。恋愛をしたことは?」

 問いを耳にした翔は吹き出した。面食らったようにも見えたが、それだけではないようだ。

「おまえ。顔に似合わないこと訊くんだな」
「うーん、どういう顔なら似合うのかな」

 アンドロイドであるアデルにとって、美醜などどうでもいいことなのだ。管理者である夕星が一緒にいて幸福を感じるのであればいい。
 次の翔の声色は警戒心に染まっていた。予測はある程度ヒットしたと見える。

「だいたい、アンドロイドに人間様の恋愛なんて解るのかよ」
「解らないよ。恋愛について知ってるのは、性交渉を含む特定の相手に対する密な人間関係、あるいはそうした人間関係への発展を望む心理状態だってこと。より根源的には他人との一体化願望がある。でも本当に一体化することはないから、この願望は最初から叶わないと決まってる」

 知識通りのことを羅列されて納得する人間はまずいない。アデルが狙うのは、この言葉によって出される相手の本音と、自分に対する興味である。

「恋愛が無駄だって言いたいのか?」

 反発。苛立ち。疑問。正解などないのだ。しかし正解がないということを翔はまだ知らない。

「完成形がないってことかな……で、恋愛したことは?」

 畳み掛けたアデルだったが、翔ははぐらかした。不良であるということと、浅はかなことはイコールではない。

「秘密だ。でもお前、面白いな。センコーなんかよりずっと面白い」

 どうやら興味は持たれたらしい。ヒーリングの導入としては、まずまずの結果と言えた。

 ◇

 大義名分とはいえ、学習サポートがアデルに与えられた仕事である。翔は部屋に戻ると、しぶしぶ机に向かった。
 アデルの知識は膨大であるが教え方はシンプルだった。詰め込むのではなく興味を持つための楽しさを伝える。受験のための学習からは外れているのだが、そこは教師の仕事である。

 翔の頭脳は人並み以上だった。アデルは反発の理由リストから、勉強についていけないという項目を削除する。
 言動からは、親や教師に対する不信感と絶望が見てとれた。この学園自体が、入学するにはそれなりの学力と、それなりの寄付金を要する。経済的には問題ないと判断されるのだが、子供が親に求めるのは金だけでないのは事実だろう。親は毒にも薬にもなる。

 大学を出て社会人となれば、嫌でも自立と自律を促される。短い高校時代の不満など、とるに足らないものになるのだ。ただその渦中にいる者には、見えるはずもない事である。
 簡単な図式のようだった。しかし図式が分かったからといって、即座に解決しないのが人間の感情というものだ。変化には触媒が必要となる。概ねそれは『出会い』と言い換えられた。

 ◇

 規定の学習時間が終了した。アデルは翔の部屋を出ると、夕星の待機する保健室に向かう。その時、事件は起きた。

 アデルが記憶しているのは、後頭部を鈍器のようなもので殴られた感覚である。一時的に映像記録が途切れた。人間で言うならば、気を失った時間と言える。
 そして記録が再開されたときアデルの視界に映ったのは、床に倒れ頬を押さえている男子生徒と、その前に仁王立ちする翔の姿だった。翔の手に握られているのは、モンキーレンチ……。

 異常を察し駆け付けた夕星が、君がやったのかと翔に問うた。しかし問われた側は舌打ちをしただけで答えない。もう一人の男子生徒もまた、口をつぐんだまま何も話さなかった。



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