おじいさんの杖(童話)

 小学5年生のあきらは学校の帰り道、少し背中が曲がったおじいさんがよぼよぼと広い横断歩道を渡ろうとしているのを見かけます。杖を突きながらようやく横断歩道の真ん中までたどり着いたとき、青だった信号機は点滅を始めました。前に進むことに気を取られているおじいさんは信号機を見ていません。「危ない!」と感じたあきらはおじいさんのところに駆け寄り、手をとって、もう一方の手を高く上げ、横断歩道を渡りました。その頃には信号機は黄色から赤色に変わっていました。それでも何とか無事横断歩道を渡り切りました。あきらは「ホッ!」と小さくため息をつきます。おじいさんはそんなあきらのほうに目をくれることもなく、何事もなかったように、またよろよろと歩き始めました。あきらは心配そうにおじいさんの後姿をしばらくながめていました。
 次の日、学校から帰ったあきらは、家の前を流れる川のテラスで大きなバッタを見つけ追いかけます。バッタはピョンピョンと跳ねて、必死で逃げます。勢い余って、テラスの柵の間からそのままポトンと川に落ちてしまいました。「あっ!」とあきらは叫びます。ただ川面まで1mほどあり、あきらにはどうすることもできません。脚をバタバタさせたバッタはゆっくり流されていきます。そのときです。後ろから誰かが川に棒を突っ込み、ひょいとバッタを引っかけ、そのままテラスにすくい上げました。バッタは頭の先から足の先までびっしょり濡れ、ピクリとも動きません。そのうちわれに返ったように立ち上がり、またピョンピョン飛び跳ね始めました。今度は川に向かわず、川原の草むらをめがけて飛び、しばらくすると姿が見えなくなりました。あきらは「あぁよかった」と胸をなでおろすと同時に、バッタをすくい上げた人のほうに目を向けます。そこにいたのはなんときのうあきらが横断歩道で手を引いてあげたおじいさんです。おじいさんは杖を逆さにして、グリップでバッタをすくい上げたのです。あきらとおじいさんはお互い顔を見合わせ、にっこりして、小さくグータッチを交わします。きのうは危なっかしかったおじいさんですが、きょうは頼もしく見えました。


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