最近の記事

長靴をはいたおじさん(短編小説)

 田中哲男、59歳。定年退職を3日後に控えた独身男である。地方の町から都会の有名大学へ進学。在学中は部活動など、特別何かに打ち込むことはなかった。しいてあげれば、好きなアイドルのレコードやポスター購入して、コンサートに行くこと。当時、国民的アイドルといわれた鈴鹿さえに、哲男は珍しく熱を上げた。ただ、コンサートでペンライトを大きく振り、「さえちゃ~ん!」と野太い声で応援する、同世代と思われる他の男たちに違和感を覚えた。哲男は彼らを冷ややかな目で見ている自分に気付き、鈴鹿さえから

    • 17番(童話)

      野球が大好きな中学1年生のひさしは、隣町にある野球の強豪校に電車で通っています。中学進学祝いに両親から買ってもらったクロスバイクで毎朝駅まで行き、電車で通学します。ひさしは日本人大リーガーの大山選手が大好きです。駅の駐輪場では憧れの大山選手の背番号17番にあやかり、17番のラックを目指しますが、そこにはいつもシニア用の電動アシスト3輪車がとまっています。仕方なく別のラックにとめることになります。 ある日、17番が空いていました。ひさしは「ラッキー!」と言いながら、17番に

      • 使い捨てカイロ(童話)

         みさちゃんのお母さんは働き者です。いつも朝早くから、お父さんのお弁当を作ります。小学3年生のみさちゃんには、学校から帰ってきたときすぐ食べられるようにおやつを用意します。その後、洗濯機を回しながらささっと部屋の中を片付け、洗い終わった洗濯物を干してからパートに出かけます。仕事が終わる夕方、今度は近所のスーパーに立ち寄り、食材を買い、急いで家へ帰ります。帰宅すると休むこともなく、夕食の準備に取り掛かります。そんなお母さんをいつも身近で見ているみさちゃんはお母さんのことが大好き

        • アワビの踊り焼き(童話)

           小学校2年生のユキちゃんはお父さん、お母さんと3人で、海の見えるホテルを目指し、朝早く車でうちを出発しました。久しぶりの家族旅行です。夕方、ようやく大きなホテルに到着しました。お父さんは長時間の運転でもうへろへろです。3人はフロントで受付を済ませ、部屋へ向かいます。10階の部屋からは目の前に広がった海を一望できます。窓から外を眺めていると、カモメが1羽、バルコニーにやってきました。ユキちゃんのほうを見ながらクウクウと鳴いています。ユキちゃんはポケットの中をごそごそし始めまし

        長靴をはいたおじさん(短編小説)

          おねえさんのすてきな笑顔(童話)

           学校に向かう小学3年生のじゅんちゃんは、けさはいつもと違い元気がありません。うつむき加減です。いつも学校から帰るとゲームばっかりして、テストの点数がわるかったので、昨夜、おかあさんにこっぴどく叱られました。  「困ったなぁ・・・このままだとゲーム機を取り上げられてしまう・・・」。そんなことを考えながら歩いていたとき、工事中の道路に差しかかりました。ヘルメットをかぶった警備員のおねえさんが、「おはようございます」と元気よく笑顔であいさつしてくれました。おねえさんのすてきな笑顔

          おねえさんのすてきな笑顔(童話)

          おじいさんの杖(童話)

           小学5年生のあきらは学校の帰り道、少し背中が曲がったおじいさんがよぼよぼと広い横断歩道を渡ろうとしているのを見かけます。杖を突きながらようやく横断歩道の真ん中までたどり着いたとき、青だった信号機は点滅を始めました。前に進むことに気を取られているおじいさんは信号機を見ていません。「危ない!」と感じたあきらはおじいさんのところに駆け寄り、手をとって、もう一方の手を高く上げ、横断歩道を渡りました。その頃には信号機は黄色から赤色に変わっていました。それでも何とか無事横断歩道を渡り切

          おじいさんの杖(童話)

          シャインマスカット(童話)

          さきちゃんは果物が大好きな小学2年生の女の子。お母さんとスーパーに行ったときはいつも果物を買ってもらいます。ただちょっと手が出ないのがシャインマスカット。高価なのはさきちゃんもよく分かっていて、お母さんに「買って」とお願いすることはありません。  夏休みのある日、お父さんとお母さんは隣町の親戚のうちへ出かけました。さきちゃんは一人でお留守番です。大好きなテレビゲームを始めたとき、隣のおばさんが訪ねてきました。  「さきちゃん、もらいものだけど、よかったらみんなで食べて」と

          シャインマスカット(童話)

          さとしとカナブン(童話)

           小学4年生のさとしに夏休みがやって来ました。朝起きてまず庭のイチジクの木を見に行くのが日課です。実の成り具合をチェックするためです。  「あと1日かな」とさとしは青みが少し残っているイチジクの実を見て思いました。  次の日の朝、きのう目を付けておいたイチジクは全体が赤みを帯びて、ちょうど食べごろです。  「よしっ」と言って、そのイチジクをもぎ取り、そのまま半分に割って、ガブッとかじりつくと、口の中いっぱいにとろける甘さが広がります。よく熟した、トロトロになったイチジクは甘み

          さとしとカナブン(童話)

          なっちゃんの魔法のバトン(童話)

           なっちゃんはお花が大好きな小学1年生の女の子。ある日、学校からの帰り道、チューリップを見つけました。香りをかごうと、そっと顔を近づけたところ、花の中にハチがいて、蜜を吸いながらジロッとなっちゃんをにらみつけます。なっちゃんは「キャッ!」と悲鳴をあげ、あわてて逃げ帰りました。  なっちゃんは毎週火曜日夜7時からのアニメ番組「スーパー魔女のジェシカ」が大好きです。ジェシカが「フラワーショット!」と唱え、バトンを頭の上で3回回して振り下ろすと、あたり一面がお花畑に変わります。な

          なっちゃんの魔法のバトン(童話)

          たけしのこいのぼり(童話)

           たけしは釣りが大好きな小学4年生。いつも学校から帰ってランドセルを置くと、おやつを口にほおばり、そのまま近所の川へ釣りに出かけます。前の日から用意している釣り糸を川へ投げ込んでからようやく一息つき、ゆっくり周りを見渡します。いつも同じ場所に、少し背中が丸まったおばあさんがいます。おばあさんはいつも対岸に向かって手を振っています。誰かいるのかなと、たけしはおばあさんが手を振っている先を見ますが、誰もいません。不思議に思いながらも、これまでおばあさんに尋ねることはありませんでし

          たけしのこいのぼり(童話)

          タンポポとミサイル(童話)

           厳しい寒さが和らぎ、ようやく春めいてきたころです。川の向こうの町からたくさんのタンポポの種がふわふわと飛んできました。種はビルの谷間のわずかなスペースに根を張り、芽を出し、ぐんぐん葉っぱを広げ、あたり一面に花を咲かせました。それを見て人々の顔がほころびます。そんなある日、隣の町から突然ミサイルが飛んできました。戦争が始まったのです。ドカンドカンと大きな音をたてビルは破壊され、砂煙を上げて崩れていきます。その中を人々は逃げまどいます。ただ、タンポポは以前と変わらずしっかり花を

          タンポポとミサイル(童話)

          おばあさんとの約束(童話)

           みっちゃんはぽっちゃりとした小学3年生の女の子。お母さんはちょっと太めのみっちゃんのことが心配です。新学期が始まって間もないころ、みっちゃんを朝の散歩に連れ出すことにしました。おかあさんも自分のおなか回りの肉が気になり始めています。最初は乗り気ではなかったみっちゃんですが、憧れのアニメの女性戦士はとてもスリム。戦士みたいにかっこうよくなるため、お母さんといっしょに散歩してみることにしました。  ふたりが散歩を始めたころ、街角のハナミズキは薄紅色の花をたくさんつけています。ま

          おばあさんとの約束(童話)

          おじいさんとスイカ(童話)

           山の長い長い石段の先に、おじいさんとおばあさんのおうちはあります。ふたりは家の前の小さな田んぼや畑で、自分たちが食べる分だけ米や野菜を作り、暮らしています。 つゆが明けたある日、おばあさんはかぜをひいて、寝込んでしまいます。のどの痛みが激しく、水を飲むことさえできません。おじいさんは心配そうに聞きました。  「何か食べたいものはあるか?」  するとおばあさんは目を閉じたまま小さな声で「スイカ・・・」とこたえました。  畑にはトマトやキュウリ、ナスはできていますが、スイカはあ

          おじいさんとスイカ(童話)

          さっちゃんの麦茶(童話)

           さっちゃんは飛んだり跳ねたりするのが大好きな小学3年生です。学校から帰るといつも家のすぐ前の堤防へ遊びに行きます。その日は堤防の桜が満開でした。きれいに咲いた桜を見上げながら歩いていると、段差に足を取られて転んでしまいます。コロコロと堤防の下まで転げ落ち、運悪く両脚を岩にぶつけ、大けがになりました。通りかかった人が救急車を呼んで、病院に担ぎ込まれます。すぐに治療が始まり、真っ赤に膨れ上がった両脚は包帯でグルグル巻きになりました。当分は車いす生活です。お医者さんによると、

          さっちゃんの麦茶(童話)

          すき焼きのエース(童話)

           たけしくんは少年野球チームに入っている小学5年生。あす隣町のチームと試合があります。おかあさんは試合の前の日、いつもたけしくんが大好きなすき焼きを作ってくれます。今夜もすき焼きです。夕飯の準備をしているおかあさんのそばでたけしくんがつぶやきます。  「すき焼きの中のお肉は鈴木くんだね」   おかあさんは不思議そうな顔をして、「どうしてそう思うの?」と尋ねます。  「お肉はすき焼きのエースでしょう。鈴木くんはチームのエース。そのうえ、バッティングもチームで一番なんだ。それに比

          すき焼きのエース(童話)

          ひろちゃんの黄色い帽子(童話)

           ひろちゃんは電車が大好きな5歳の男の子。いつもお母さんといっしょに、近所の大きな橋の上から下を走る列車を眺めます。桜が満開になった、風の強い日のことです。その日もひろちゃんとお母さんはいつものように橋の上から列車に向かって大きく手を振っています。緑色の電車が何本か通り過ぎた後、青い列車がやってきました。そのとき、強い風がビューっと吹いて、桜の花びらといっしょにひろちゃんの黄色い帽子を飛ばしました。ひろちゃんとお母さんは「アッ!」と叫んで手を伸ばしましたが、帽子は桜の花びらと

          ひろちゃんの黄色い帽子(童話)