使い捨てカイロ(童話)


 みさちゃんのお母さんは働き者です。いつも朝早くから、お父さんのお弁当を作ります。小学3年生のみさちゃんには、学校から帰ってきたときすぐ食べられるようにおやつを用意します。その後、洗濯機を回しながらささっと部屋の中を片付け、洗い終わった洗濯物を干してからパートに出かけます。仕事が終わる夕方、今度は近所のスーパーに立ち寄り、食材を買い、急いで家へ帰ります。帰宅すると休むこともなく、夕食の準備に取り掛かります。そんなお母さんをいつも身近で見ているみさちゃんはお母さんのことが大好きです。
 ある日の夕方、「ただいま」と帰ってきたお母さんですが、何だか元気がありません。熱があるようです。それでもお母さんはいつものように夕食の準備を始めます。その様子をそばで見て心配になったみさちゃんはお母さんに尋ねます。「ねぇねぇお母さん、大丈夫? 顔色がよくないけど…」。するとおかあさんは「大丈夫よ、みさちゃん。ありがとう。でもちょっと熱っぽいから、きょうは早めに休ませてもらうね。ごはんの用意をしておくからお父さんが帰ってきたらいっしょに食べて」。お母さんは立っているのも辛そうです。「そうそう、あすの朝早く、町内会のお掃除当番で出かけないといけないの・・・」。
 1年で最も寒い季節を迎えています。掃除当番は夜明け前の暗いうちに出かけなければなりません。それを聞いたみさちゃんは自分の部屋に駆けこみ、貯金箱から百円硬貨3枚を取り出します。その300円を握り、「お母さん、ちょっと買い物に行ってくるね。すぐ戻るから」と言うと家を飛び出しました。行き先はいつもお母さんと買い物に行く駅前のドラッグストアです。あすの朝、掃除に行くお母さんに使い捨てカイロを持たせてあげようと考えました。駅前近くに大きな公園があります。みさちゃんがその公園を突き抜けようとしたとき、背中を丸めたおじいさんがベンチに腰掛けている様子が目に入りました。薄汚れた薄い上着に身を包み、とても寒そうです。ちょっと気になりましたが、そのままドラッグストアに飛び込み、使い捨てカイロを買いました。帰りも同じおじいさんを見かけます。さっきより寒くなったようで、おじいさんはより小さく丸まっています。みさちゃんはその場を走り去ろうとしましたが、おじいさんのことが気になって仕方がありません。十メートルほど後戻りして、おじいさんのところまでやって来ました。「ねぇねぇ、おじいさん大丈夫? 寒いでしょう? よかったらこれ使って」とさっき買ったばかりの使い捨てカイロを差し出しました。おじいさんは最初何のことか分からずぽかんとしていましたが、手渡されたのが使い捨てカイロであると分かり、うれしそうな顔をして、受け取りました。
 みさちゃんがようやく家に帰りついたときは手ぶらでした。みさちゃんはお母さんに家を出てからのことを一部始終話します。みさちゃんの話を真剣に聞いていたお母さんの顔がみるみるうちにくしゃくしゃになり、いまにも泣き出しそうです。みさちゃんはてっきりお母さんは自分用の使い捨てカイロがないのが悲しいのだと思いました。「お母さん、ごめんね」。「そうじゃないのよ、みさちゃん。おかあさんはうれしいの。人の傷みが分かる、優しい子にあなたが育ってくれたのがうれしくて・・・。何だかお母さん、元気が出てきた。あすの朝は大丈夫だからね」。
 次の日の朝、みさちゃんは台所から聞こえてくるトントントンとおネギを切る音で目覚めます。みさちゃんはふとんをはねのけ、台所へ飛んで行きます。「お母さん、大丈夫なの?」「もう大丈夫。朝一番で、掃除にも行ってきた」。すっかり元気になったお母さんの様子を見て、今度はみさちゃんの顔がくしゃくしゃになりました。

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