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上質の正体

「上質な女の子」

ある人がそう表現していたと耳にしたことがある。

その言葉を発した人こそ、私にとって究極に上質な人。したがって彼の思う「上質な女の子」とは一体どのような姿で、彼が見る私はどんな風に映っているのだろうかとまじまじ考えさせられた。

顔や体の作り、言葉遣いや知性、服装のセンスに育ちの良さ。薄っぺらいかもしれないけれど、単純に上質という言葉から思い浮かべられるものを一つずつ自分自身に当てはめてみた。然りと雖も、正直なところ、どれも合格点には及ばないし、欠点を並べた方が早そう。かと言って、世間が言うところのシンプルな暮らしや、丁寧な生活が、上質につながるとも思えない。

一体何が上質の正体なのかは、考えれば考えるほど迷宮入りしてしまいそうだけれど、やはり「上質な女の子」なんて評価には、くすぐったさを感じるほどに嬉しいし、その響きやイメージには憧れ、惹かれる。

視点を変えて、私が知っている上質で素敵な人々の共通点を並べてみることにした。すると、意外にも最初にその人々を思い浮かべた瞬間から共通点が浮かび上がる。

その誰もが、一番最初に、はにかんだような美しい笑顔のイメージを見せるのだ。彼や彼女は顔が似ているというわけではないけれど、魅惑的で凛と美しく、どこか色っぽさのある表情を見せてくれる。

趣味嗜好、好きなもの、素敵だと称えるもの。そういうものの一つ一つが彼ららしいという特徴もある。高価なものであろうが、私でもすぐ買えるものであろうが、薦めてくれるもののそれぞれに、きちんと「らしさ」や粋さがある。だからこそ、真似したくなる。

それから、話している時もまるで魔法にかかっているかのような気分になる。譬えほんの数分の会話であろうが、いつも何かしらの発見や憧れ、それからそよ風に吹かれるような心地良さを与えてくれるから、私は彼らと会う毎に、益々ファンにならずにいられない。

そう考えてみると、やはり上質の正体とは、知っているレストランの数や着ている服のブランドではないし、就いている職業でもない。もちろんクレジットカードの色でもないのだろう。そして、恐らく。発起して目指したからと言って、上質になれる訳でもない。だからこそ、上質は厄介で難しい。

だけれど、できることならば、私は上質な女の子として在りたいと願う。多分、私が上質な大人たちに憧れを抱くかぎり、永遠に。

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