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【短編小説】悪魔のLiar game(ライアーゲーム)

 あるところに怠惰で嘘つきの男がいた。その男に興味を持った悪魔のベリタスは、さらなる罪を犯させ、もっと堕落させてやろうと目論んだ。

(神であると偽って、この愚かな男を騙してやる)

 古い賃貸アパートの散らかっている部屋。その、家賃を滞納している狭い部屋の真ん中に寝転がってスマホをいじっていた男の前に、突如として白く輝く神々しい姿のベリタスが現れた。

「私の言うとおりにせよ。さすればおまえが欲している富も名声も異性のパートナーも手に入るであろう」

 度肝を抜かれている男へ向かって悪魔はさらに呼びかける。

「まずはきちんと髭を剃って体を清め、清潔な服を着なさい。会社へ行って仕事をするのだ」
「で、でも神さま。俺は…働きたくないんです」

 怯えながらも反論する男へ、邪悪な悪魔が優しげな神の微笑みを見せる。無論それは偽りの仮面だ。

「おまえが怠惰で無能なのはわかっている。だからな。仕事をしているフリをすればよいのだ」
「はっ?」
「ただし完璧なフリだぞ。本当は怠けているのだとバレないようにな」

 ベリタスを神であると勘違いしている男は、なるほどと思った。

 仕事をやっているフリなら…まあいいか。
 嘘でも金をもらえるしな。

 悪魔から命じられたとおりに身支度を整えた男は、仮病を使って休んでいた会社へ出勤した。すると、ダラダラと仕事をしている男の横にベリタスが現れた。

「その仕事ぶりではだめだ。もっとな、優秀なビジネスマンのフリをしろ」
「ええと。こんなところに現れて大丈夫なんですか?」

 オロオロと周囲を見回している男へ、

「私の姿はおまえにしか見えない。おまえは私に選ばれたのだ」

 ベリタスがニヤっと笑う。

 うなずいた彼は、真面目な社員のフリをしつつ、仕事をこなしていく。

 本当は働きたくなんかなかったが、これは未来への布石なのだ、周囲のやつらに偽りの俺を信じさせるためなんだと自分に言い聞かせて、真面目な顔を装い、淡々と仕事に取り組んだ。

 やがて彼のその仕事ぶりが上司に認められ、会社にとって重要な案件を任されることになった。

 俺は…そんな優秀な人間じゃない。
 困ったぞ。

 戸惑った彼はベリタスに呼びかけた。

「重要なプロジェクトのリーダーを任されてしまったんです。俺にはそんなビジネススキルなんて無いのに。どうしたらよいのでしょう、神さま」

 男に呼ばれて出現した悪魔は鷹揚に答えた。

「何を言っておる。これはチャンスなのだ。おまえを信じている愚か者どもを騙すためには知識を身につけねばならぬ」
「知識…ですか?」
「そうだ。ビジネス書を読め。さらにそのプロジェクトの遂行に必要だと思われる技術の習得に努めよ」
「ですが神さま。俺は勉強とか嫌いなんです」
「ならば…」

 思案顔になった悪魔はこう言った。

「おまえの先輩たちから知識を盗め。しおらしい顔を装って彼らに近づき、仕事を教えてもらえ」
「なるほど。それなら楽できますね」

 さすが神さまだと感心しつつ、彼はベリタスから言われたとおりに、会社の先輩たちへ教えを乞うた。

 彼のことを、使えないヤツ、ダメ社員だと低評価を下していた先輩たちは、殊勝な態度で接してきた彼に驚いたが、仕事を教えてくださいと頭を下げられたら悪い気はしないものだ。

 彼に騙された先輩連中は、愚かにも、懇切丁寧に、彼ら自身のビジネスの知識を惜しげなく彼に与えた。そんな日々を過ごすうちに、彼は、先輩たちから勧められたビジネス書などを読むようになり、偽りの「勤勉なビジネスマン」という顔を保ちながら、任されたプロジェクトを無事に遂行した。その成果が認められた男は、ポストも給与も上がった。

 そんな彼が密かに思いを寄せる女性がいた。社内の別の部署にいる小柄な女で、おとなしい地味な印象だったが、笑うと可愛い。しかし女性にモテた経験が無い彼は、彼女と仲良くなりたいと思っても近づく方法を知らない。

「そんなことは簡単だ。男らしいおまえを見せてやれば、その女は簡単に落ちる」

 男から助言を請われたベリタスがほくそ笑んだ。

 彼女を落とす方法はこうだ。仕事から帰宅する途中の彼女へ、ベリタスが用意したゴロつきどもをけしかける。そこへ、偶然に居合わせた風を装い、彼がゴロつきたちの盾になって彼女を助けるのだ。

「なるほど!」

 さすが神さま。名案だと彼は感心した。

 ベリタスが仕組んだ筋書きどおりに事は進み、髪を金色に染めて派手なシャツを着た男どもが、ひと気の無い場所に彼女を連れて行き、乱暴しようとしたまさにその時、彼女を助け出さんとする彼が割って入った。

「なんだおまえ。やんのかこら」
「彼女を離せ!」

 本当は臆病者なのに、怯えながらも彼は震える声で懸命に虚勢を張った。

 虚勢だけで喧嘩も弱い彼は、チンピラたちから何発も殴られ、挙句の果てにナイフで腹を刺された。薄れていく意識のなかで彼は、急速に近づいてくるパトカーのサイレンの音を聞いた。

 意識が戻った彼は病院のベッドの上にいた。重傷を負った彼のそばには心配そうな表情の彼女が付き添っていた。警官の姿もあった。彼らから聞いた話では、チンピラたちが彼に気を取られている隙に彼女が110番通報をしてパトカーを呼んだらしい。サイレンを聞いたチンピラたちは逃げた。

 文字どおりに身を挺して窮地を救ってくれた彼に、彼女は何度も礼を言い、感謝を述べた。その気持ちが彼への好意に変わっていくのにさほどの時間はかからなかった。

 そして彼の勇気ある行動に対し、警察から表彰状が送られた。ナイフで刺された傷も、後遺症もなく治癒した。

 仕事の功績とともに彼の人間性を認めた会社はさらに彼への評価を引き上げた。そして彼は若くして管理職のポストに就任、それとほぼ時を同じくして彼女と結婚した。

 すべてベリタスの計画どおりだった。

 馬鹿な人間どもめ。
 無能で役立たずの男にすっかり騙されおって。

 やがて彼の妻がみごもった。そして愛らしい双子が生まれた。平和で幸せな家庭を持った彼だったが、その胸のうちには不安が渦巻いていた。

 俺は…愛する妻も愛しい子どもたちも、今の幸せもすべて、嘘をついて勝ち取ったのだ。
 本当の俺は良い人間なんかじゃない。
 もしも俺の嘘がバレたら、すべてを失ってしまう。

 沈んだ気分になった彼の前にベリタスが現れた。

「悩むでない。今後も嘘を貫き通せばよいのだ」
「でも神さま。俺は…」
「おまえがクズなのは私がよく知っている。だから…」
 
 悪魔から言われたとおりに、彼は優しい夫として良い父親としての仮面を被り、日々を過ごした。

 やがて部長に昇進した彼だったが、今まで身につけた知識とコネを生かして独立、自分の会社を興した。ベリタスから独立をそそのかされたのも彼の背中を押した。

 業績はしばらくのあいだはパッとしなかったが、ある商品の特許を得てからは飛躍的に伸びた。富を得た彼は、仕事漬けの生活に休息が欲しくなり、遊びたいと思ったが、若い頃に、金があったらやってみたいとあれほど渇望していた女遊び、いわゆる風俗関係の遊びには興味が湧かなかった。妻との夫婦関係が円満なせいもあるのだろう。

 しかし…たった一度の人生なのだから羽目を外して豪遊してみたい。

 悶々としている彼の前に悪魔が現れた。

「豪遊してみたいだと?堕落したおまえが考えそうなことだな」
「ですが神さま…」
「余っている金は寄付をしろ」
「えっ?は?寄付ですか?」
「そうだ。おまえのクズっぷりがバレたらいかんからな。社会のためにとか、おまえのような怠惰な輩が考えたこともないであろう社会貢献とやらに金を出すんだ」
「なるほど」

 さすが神さま…なのか?
 
 かすかな疑問を抱きつつも、邪悪な悪魔から言われたとおりに、彼は慈善事業へ資金を注ぎ込んだ。

 穏やかな日々が過ぎていき、彼の双子の娘たちは美しい女へと成長した。そして、やがて娘たちの結婚式に臨んだ彼は、涙ぐんだ花嫁から感謝の言葉を贈られて号泣した。

 披露宴に招かれた客に化けていたベリタスは、その光景を見てほくそ笑んだ。

 ふん。
 みんな騙されおって。
 この男の真実を知らんくせに。
 嘘にまみれたこの男に感謝だと。
 笑わせてくれるわ。
 愚かな人間どもよ。

 彼の日常は平和な幸せに包まれて過ぎていった。やがて年老いた彼に寿命が尽きる時がやってきた。さすがにその頃には、愚かな彼でもベリタスが神などではないことに気づいていた。

「あなたは…何なのだ。神じゃないとしたら…」
「今頃気づいても遅い。おまえの魂は私の目論見どおりに嘘と虚飾にまみれているわ。ふ、ははは」
「やはり…悪魔…なのか?」

 臨終の床にある彼が力なくつぶやいた。

「我が名はベリタス。ルシフェルに仕える大悪魔だ。愚かな人間よ」
「悪魔め…俺が馬鹿だった」

 命の火が消えた彼の魂が神の前に立った。最後の審判である。

「俺は…私は罪を犯しました」

 神の前に引き出された彼が深く首を垂れて懺悔する。

「怠惰で愚かな私は悪魔にそそのかされ、嘘を貫き通し、愛する妻や子どもたちを騙しました」
「おまえの嘘は知っておる。だがな」

 神は諭すように彼に言う。

「おまえのせいで誰かが不幸になったか?」
「そ、それは」
「誰かを傷つけたか?」
「…それは」
「おまえの家族はおまえを愛している。おまえの死を悼んで悲しんでおるのだ。おまえの家族だけではない。おまえが関わった人間たちはおまえのことを憶えているぞ。そして彼ら皆、おまえを悼んでおるのだ」
「ですが神さま。それはすべて嘘なのです。彼らが見ていた私は虚像なんです。本当の俺は…グズで怠け者なんです。金が欲しくて、いい女を抱きたかった。それで、だから」
「愚かな人間よ。これより審判を言い渡す」

 神の言葉にハッと顔を上げそうになった彼は、再び平伏した。

「おまえの魂は…」

 その後も悪魔ベリタスは、怠惰な人間を見つけては騙して嘘をつかせ、その死ののちに天国(ヘブン)へ召されていくのを見届けては神を嘲笑った。

 大勢の穢れた魂の人間どもを天に送った。
 嘘と罪にまみれた魂によって天も神も穢されていくのだ。
 俺は神をも欺く大悪魔様さ。

 そして人間界においては遥かな時が流れ、堕天使ルシフェルに呼び出されたベリタスは、厳しい叱責を受けて処罰されたとか、悪魔から天使になったとか…あくまでも天界の噂なので定かではない。

 いずれにせよ、かつての大悪魔ベリタスは、人間たちから「聖ベリタス」と呼ばれて崇められる存在になったのである。それを知ったベリタスが、

「愚かな人間どもが俺に騙されおって」

 と、言ったかどうかは…定かではない。


注:ベリタス=Veritas(ラテン語で真実の意味)

 
 
【悪魔のLiar game】完

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