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一期一会

 一人で飲みたくて店を探していた。
 適当な居酒屋に入り、適当なつまみと生ビールを頼んだ。それは普段男に混じって当然のように仕事をしている私にとって、あまり珍しくもない行為だったのだけれど、案内されたカウンターの席の、たまたま隣に座っていたあなたは違ったようだ。

「この店に一人、女性なんて珍しいね。どこから?」
 と、あなたは気楽に私に問いかけた。
 枝豆とビールが届いて数分が経っていた私は、乾杯の一口を済ませて少し気が楽になっていて、同様に気楽に答えた。「大阪から。出張で。あなたは?」
 あなたは面白そうに答えた。
「僕は東京から。やっぱり出張で」
 お互いお疲れ様。この店にはよく? いえ、初めて、そんな会話を交わす。
 はい、串カツ。目の前の調理場から串が届く。その串をとったあなたの指に、しばし見とれた。細くて、長い指だった。
 濃いタレの串が、皿から持ち上がる。
 ぽたり、と、タレが皿の手前に落ちた。なんとなく指先を見つめていた私に、あなたの視線が向いた。

「あ、美味しそうだから私ももらおうかな、串カツ!」
 取り繕ったようには聞こえませんように、と思いながら、私は調理場を向いて言った。あいよ、と大将が答える。
「僕はココ、出張のたびにくるんですけど、この串カツはほんとうまいよ」
 にっ、と笑うあなたに、少しだけ眩しさを感じた。

 急いでビールと串カツを片付けた私は、そそくさといとまを告げて新幹線のホームに立っていた。

 また会えるかな。

 なんの期待も持たずにつぶやく。きっと会えると、念じながら。

#短編小説

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