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雪の降る街

「今日はまた一段と冷え込むな」
 スコップを持った初老の男が、雪かきの手を止めて呟いた。犬を連れて散歩していた親子が男性の顔を見ながら頷く。
 空を見上げると、青い空に鈍く歪む太陽が光っていた。
「ちったあ、あったかくなって溶けてくれりゃいいんだが」
「この街の雪が溶けたことなんて、これまで一度もないですからねえ」
 そう女性が呟いたあと、一陣の風が吹いた。折から積もっていた雪が高く空まで舞い上がり、そのままちらちらと街に降ってくる。広がる青空の下、きらめく雪がまた静かに降り積んだ。
「晴れてても曇ってても、夜でも朝でも。この街の雪はずっと降ったり止んだり」
 男はやれやれ、と言うとスコップに手をかける。隣にはサンタ帽をかぶった雪だるまが、にこやかに男を見つめていた。

 24時間、365日。この街から雪が消えて無くなることはなかった。男はこの世に生を受けてからずっと、この街の雪を見てきた。雪は時に荒く吹雪いたが、おおむね穏やかに降り積もる日が多い。空は毎日様々に天候を変えたが、暖かくなってもこの街の雪は溶けなかった。
「最近はちっと明るくなったがなあ」
 この数年はずっと曇りで沈んだ空のことが多く、街も寒々しさを増していた。このままこの世界が終わるかと思っていた住民は、暗い空が晴れ、また明るい空の下で雪が舞うようになってホッと胸を撫で下ろした。いくら毎日雪だとはいえ、空まで暗く沈んでいると皆やはり気持ちが鬱々とする。今日のような青空が見えるだけで、雪の街は印象が変わって見えるものだ。
 ようやく家の周りの雪を減らすと、男は満足げに笑い、腰を伸ばした。
「そろそろかなあ」
 家の方を振り返った。
「おばあちゃーん!」
 遠くで祖母を呼ぶ幼い声が聞こえる。
「おいでなすったな」
 男は帽子をかぶりなおす。
「おはよう。よく来たわね。外はすごい雪だったでしょう?」
「ママに新しい手袋買ってもらったから平気だよ。水が染み込まないんだよ。ね、ママ」
「おはようございます。この子、新しい手袋が試したくてしょうがなくって、この3ブロック進むのに雪だるま5つも作ったんですよ。全くたどり着けないの」
「おはようエイミー。まあそんなに? ジャックそれじゃあすっかり冷えたんじゃない? サンタクロースが来る前にきっと寝ちゃうわ」
「大丈夫だよおばあちゃん、今日こそ起きててサンタクロースを捕まえるんだ!」
「あらまあ、大変。でもその前にパーティの飾り付けをお願いね」
 男はそんな会話を聞きながら、にこやかに空を見上げた。今日は良く晴れてるから雪が積もっていても雪遊びはそれほど寒くなかっただろう。
 今日はクリスマスイブ。たくさんのお客さんがやってくる。楽しいクリスマスパーティになりそうだ。
「今日はどんくらい吹雪くかな」
 男はそう言うと、スコップを握り直した。夜に備えて雪をかいてしまわなくては。
 案の定、その夜は晴れ時々吹雪になった。静かに積もったと思えば風が吹きつけ、やっと収まったと思うとまたたくさんの雪が舞った。
「ねえママ、サンタさんはこんなに雪が降っていてもプレゼントもってきてくれる?」
 エイミーは息子の問いににっこりした。
「ええ、きっと持ってきてくれると思うわ。子供たちが大好きだから、頑張っちゃうと思う」
「寒かったりしないかな。僕、お茶を用意しとくよ。あったまるように。クッキーもいるかな」
「いい考えね。きっと喜ぶわ」
 男はその言葉を聞いて頬を緩ませた。そうだな、きっと来る。
「雪、せめて止むといいのにね。パパの車も埋まっちゃうよ」
「今日はこの家に泊まるから明日ゆっくり雪をどかせばいいよ」
 男の子の父親が穏やかに言った。その言葉を聞いて、男は空を見上げた。星がいびつに光っている。風が強いがもうすぐ雪もおさまりそうだった。
 おやすみ、ぼうや。
 雪だるまが道路で同じように星空を見上げていた。

「寝たかい」
 父親の問いかけに、母親は頷いた。
「あっという間に寝たわ。もう朝からずっとはしゃいでたのよ。昼寝も一度もしなかったの。パーティが楽しすぎたみたい。良かったわ」
「今年のサンタさんは何を持ってきてくれるんだい?」
 おばあちゃんと呼ばれていた婦人が二人ににこにこと尋ねる。
「新しい本よ。竜の冒険の全巻セットと、あとは今度の映画のチケット。もともと好きな本で図書館から何度も借りてたんだけど、映画化されるっていうので興奮しちゃって。きっと喜んでくれるわ」
「あの子は本が大好きだね」
「今頃竜の夢でも見てるわね」
 暖炉のそばで三人は穏やかに笑った。
「それにしてもこれ、懐かしいな」
 父親が窓辺に飾ってあったスノードームに手を触れた。大人の両手でも余るほどの大きさで、中には精巧な街並み。建物の間を縫うように道路が伸びていた。
 道路には決して溶けない雪だるまと、決して消えない雪をスコップ片手にかいている男性の模型。犬を連れた親子や、イルミネーションが輝くクリスマスツリー。
「この間、あなたの部屋を片付けていたら、窓辺にあったのを見つけたの。ここ数年埃だらけだったけれど、よく拭いてリビングの窓辺に置いてみたら、綺麗で嬉しくなったわ」
「ジャックもすごく気に入ったみたいで、ずーっとボタンを押して雪だらけにしてたわね」
「僕も大好きだったんだこれ」
 そう言って父親はボタンを押した。スノードームの中で強い水流が起きて、街じゅうの雪を舞い上げる。ざーっと強く降り注いだ後は、軽い雪がいつまでもキラキラと暖炉の明かりを反射して舞っていた。
「あの子も気に入ってくれてよかった。お父さんが買ってくれたのよね」
「そうそう」
「へえ、お義父さんが」
「あの子を会わせたかったなあ」
 父親がしみじみと呟いて、スノードームをひと撫でする。そのまま暖炉のそばに戻った。三人は静かにお茶を飲む。

「ちゃんと見とるよ」
 男はそう言ってスノードームの中でウィンクした。
「今日の吹雪は一段と強く、楽しかったのう」
 男はつぶやく。明日はきっと、大歓声で目がさめるだろうことを予想しながら、そっとスコップに手をかけた。

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