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もう一つの世界。

 知らなかった。その先にどんな世界が広がってるかなんて。
想像もできなかった。こんなに楽しい世界が存在するだなんて。

 PHSからケータイに持ち替えた頃、高校を卒業した。そういえばポケベルPHSケータイを全部経験したのが高校時代だった。厳密に言えばピッチやケータイを使ってメッセージのやりとりをしていた頃がネットの入り口かもしれない。でも私はあえて、ブラウザを使ったネットサーフィンををはじめてのインターネットと位置づけようと思う。

 大学一年生。レポートを書くのにパソコンが必要だった。多くの学生は大学のパソコンルームでレポートを書いていた。今の大学生は信じられないだろうが、当時パソコンの基本的な使い方は新入生の必修科目だった。一年生の前期に全員が履修しなければならない唯一の科目、情報処理入門。そして多くの新入生がそこで初めてパソコンに触れた。私も例外ではない。自宅にパソコンがある学生は1割もいなかっただろう。
 パソコンルームはいつも混んでいた。放課後は常に順番待ちだった。しかも24時間開いているわけではない。書きたいときに書けないし、書かねばならぬ時にも書けない。
これはもう買うしかないか。

 当時私はネットを繋げることの必要性を全く感じていなかった。パソコンは高価だったし、ネットサーフィンくらいなら大学か漫画喫茶でできる。それで十分だと思っていた。だからワープロを買うつもりで家電量販店へ足を運んだ。
ところが店員が半笑いで言うのだ。
「ワープロ?そんなもの買う人いませんよ。」
 その店員はワープロは一台も説明してくれなかった。パソコンの説明に終始していた。店頭にあるってことは買う人がいるってことだろうに。こうして私は半ば押し売りのような形で人生で最初のパソコンを買うことになる。windows XPが搭載されたメビウスだ。そう言えばTOKIOの松岡くんが主演のサイコメトラーEijiっていうドラマがやっていて、それの犯人がメビウスって名前だったな。全然関係ないけど。

 当初の予定通り、インターネットは必要なかった。
私がレポートを書くのに必要だったのはwordだけ。だからネット回線の契約もしなかったし、手元のメビウスはまさにワープロとしての役割しか果たしていなかった。
しかしここで新たな問題が生じた。
 私はせっかちだ。その上怠け者なので、いかに効率よく物事を進めていくかということに全力を注ぐ。より多くの時間を怠けて過ごすためだ。当時も然り、レポートを書いているときに自分の脳のスピードに指が追いついてこないことにイライラし始めた。書きたいことはたくさんある。頭の中には次々と言葉が浮かんでくる。なのにそれが目の前に文字として現れるまでに時間がかかりすぎる。これはいけない。これでは満足するものは書けない。
そうだ、ブラインドタッチを練習しよう。

こうして私はインターネット接続契約をすることになる。

 最初は何もわからなかった。電話回線が必要だとか電話の加入権が必要だとか、そういうことすら何も。だから業者にお金を払って接続設定というのをやってもらった。全部合わせると8万円くらい取られた気がする。もしかして鴨にされたのか。
 今も電気屋さんとか車屋さんとかいわゆる機械的なジャンルの店の店員がそうだと思うが、ああいう人たちは相手が女と見ると上から目線であれもこれも必要だと言い含めて無駄なものまで買わせようとする。だから若い女性や押しに弱い女性がそういうお店に行く時は必ず男性を伴っていくことをお勧めする。男性が一緒だと、「使用者は私。お金を出すのも私。」と伝えているのを無視して男性にしか商品の説明をしないけれど、不要な買い物をさせられるよりはマシだ。しかも相手が男性だととたんに上から目線な態度を改めて通常の接客になる。

 話が脱線したが、大量の諭吉と引き換えに私のパソコンはインターネットにつながった。
こうして新しい世界への扉が開いた。

 ネットに繋がって最初にやったのは寿司打というタイピングゲームだった。出てきた寿司ネタをタイピングして打ち落とすとかそういう感じだったように思う。ネプリーグというテレビ番組で、漢字の読み方を入力して打ち落とすゲームがあるが、あんな感じのやつだ。
 最初は楽しかった。だけどすぐに飽きた。それに私が求めているのはあくまでも自分の脳と指が直結したような動きなわけで、見たり言われたりする言葉を速く正確に入力することではない。だから早々に寿司打はやめて他のタイピングゲームも色々とやってみた。だがどれも似たり寄ったりで合わなかった。

 翌日、一足先にネットの世界に足を踏み入れている大学の友人に聞いてみた。
「タイピング早くなりたいんだけどどうすればいい?タイピングゲームっていうのはやってみたんだけどつまんない。」
「あーチャットやれば?」
「チャット?何それ美味しいの?」
「向いてると思うよ。」

その日、家に帰った私は早速検索してみた。“チャット”。
ブラウザの一番上に出てきたやつをクリックしてみる。
部屋と呼ばれる青い文字が色々ある。
初心者部屋1、2、3、、、雑談部屋1、2、3、、、他は忘れてしまったけれど。
適当に初心者部屋っていうのをクリックしてみる。
名前の入力を求められる。ハンドルネームってやつだ。
ハンドルネーム?何にしよう?
机の上を見回してみる。
キシリトールのガムがある。
あ、キシリでいいや。キシリにしよう。
こうして私はキシリというもう一つの名前を手に入れた。

あれから20年。今日も私はタブレットを開く。
目の前にあったあのグレーの箱の向こうには無限の世界が広がっていた。

おわり。

#はじめてのインターネット

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