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ラブレターto泰尊

鬱で休職中の旅人が「自分が必要とされていないということ、やるべきことがないということに向き合うのがキツイ」と言った。定年退職したお客さんが「分かる。やることがないのはつらい。」と返していた。僕は無言で「分かる。」と思って聞いていた。

「本屋なんて需要あるんですか?」というのが汽水空港を事業登録した時、事務所からの去り際に言われた言葉だ。「なくてもいいんです。」と返した。
OPEN当日、カメラを持ったディレクターが「挫折するまでを追いかけたい」と言った。土地を探し、バイトに明け暮れ、セルフでどうにか改装し、ようやく店を開けた初日に食らった、淡く閉店を期待している言葉。店を開けてからは「どうやって食ってるんですか?」「人来るの?」「需要あるの?」と数え切れないほどに言われた。その全てを「現時点で需要がなくてもやるんだよ。」と返してきた。需要があるから本屋をやっているわけではなく、反応がすぐに返ってくるから店を続けているのでもない。今すぐにリアクションがなくても、今日の営業、今棚に差した本がいつか何かの花を咲かせるかもしれないというスタンスが基本的な店の態度、自分の生きる態度になっていった。過度に期待をしない。そうしないと続けていけない。信仰にもどこか似ているそのスタンスで「でもやるんだよ」という言葉を言い続けてきた。でも最近気付いた。「でもやるんだよ」という言葉にいつも「諦め」や「怒り」を纏わせていたことを。おれは寂しかったんだと気付いた。

そんな中、先週、鹿児島から泰尊という名のラッパーが現れた。最初の出会いは去年の10月の暮れ、土砂降りの日にたまたま店に立ち寄ってくれたところからだった。家族でごはんを食べながら店番をしている風景に胸を打たれたという泰尊さんは、以来、新作のアルバムが出る度に郵送して届けてくれた。汽水空港でライブがしたいとも連絡をしてくれた。ラッパーのライブはまだ店でやったことがないし、ラッパーの知り合いも全然いない。お客さんを集められる気がせず、一度は断ったが、泰尊さんは「お客さんが全然来なくても全力でやります」と力強いメッセージをくれた。そう言われるともう断る理由がない。

そして迎えた当日。街の便利屋を生業にしている泰尊さんが自分自身の日常を歌った「リサイクルキャラバン」からライブがはじまった(ように思う)。何度も繰り返し歌われる「あいつに言われた、まだやってんの?黙れボケ、グラインダーでぶったぎるぞ」というパンチライン。痛快なそのリリックを泰尊さんが歌う度に、自分の皮膚に張り付いていた「諦め」や「怒り」が笑いに変換され、塵になって空に消えていくように感じた。「期待しない」と自分に言い聞かせながら店をやってきた時間の内に纏ってしまった、何重にも重なった冷めた感情が次々と剥がされていく。体が勝手に踊り始める。そして歌われた「国道270号線 」。泰尊さんの暮らしている鹿児島の町の風景の歌で、生活の歌。聞く人間それぞれの生活をも祝福するようなメロディを浴びると涙がこみ上げてきて焦り、バレないように池を見るフリをしながら歌を聴いた。ラッパーをずっと続けるその生活と、本屋を続ける自分の生活を重ねて勝手に励まされた。
勝手に溢れようとする涙を堪えながら、勝手に踊る体。別に涙を堪えなくたっていいのにと、それを冷静に俯瞰する自分の意識もどこかに放りだしたい気持ちで、目の前の人々に自身の100%を表現する泰尊さんを見ていた。その姿を見ながら、カスタネダがドンファンに「戦士は人にどう思われるかとか、相手に好かれたいとか思わないのか?」と尋ねるシーンを思い出していた。ドンファンは「戦士はただ好きになる。」と答えた。ライブをしている泰尊さんの姿はまさにそれそのものだった。需要があるからやるのではなく、反応があるからやるのでもない。でもその行動に「怒り」や「諦め」を一切纏わせていない。マイク一本で人間たちの前でただ100%を現す。愛しかない。でもそこには過去に手応えのなかったライブの経験を幾度も乗り越えてきたのであろう時間の蓄積と強さも見えた。何度も沈み、何度も浮上してきた果ての今なんだろうと感じた。愛だけを纏わせてマイク一本、自分一人で目の前の人を踊らせることができるかどうかに日々挑んでいるのであろう力強い姿を見てそう思った。

僕はこれからも「でもやるんだよ」という言葉を日々言い続けるのだろう。でも、そこに諦めや怒りをもう纏わせる必要がないということを、言葉ではなく表現する姿を通じて教えてもらった。そのことへの感謝を込めて、ライブを終えた泰尊さんに「ありがとうございました!最高だった!!」と伝えると、返ってきた言葉が「あんたの歌だよ!」で、とうとう堪らえることができずに号泣した。

音楽、HIPHOPというひとつの芸術を通じて、魂の表層に何重にも重なっていた衣が全て空に還り、まっさらな魂がまた見えてきた。「アツい」ってことは素晴らしいことなんだと照れずに認めていきたい。歌を聞く数時間で変わる自分の心。向かっていなかった魂への意識を思い出す時間。この時間の体験こそが「スピらずにスピる」だと思った。凄すぎた。

また鳥取でライブして欲しい。DJしてくれたげんちゃん、フカP、山だくん、フードのチームカルマ、来てくれたみなさまありがとうございました!全部最高でした!!


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