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「ご報告」Facebookアカウントを自主的停止した件について

2024年1月16日より、Facebookのアカウントを停止している。
これまでも、あらゆる集団的なロケーションから撤退しているのだが、今年以降の活動においてSNSがほぼ必要ない状況になった事がその理由の大半だ。

リアルな自主ギャラリーでは、神田で経験した「同窓の寄せ集めグループ」の学閥的幼稚さから脱する必要があった。
四谷のギャラリーはそういう意味ではまったく懸念なく活動ができたのだが、日本の主要な自主ギャラリーのイメージが神田の体験によって「OVERWRIGHT」されたというのが、正確に見た僕の心中の動きだろう。したがって結論から云えば、自主ギャラリーはすべて撤退をし、それが完了した。

また、集団的な場所で近い指向性を持った人々とリアルにつながっていかないと(つまり今までの価値観から変化しない層以外の新規開拓層)新しい今年からの取り組みは、守旧的な人々によってもたらされる「引き戻し」効果にさらされる事になる。
実際、創設した「傍流写真同盟」(FB内グループ)は、写真を純粋に楽しむための指標を田中長徳氏に策定いただき、運用が行われていたが数か月ごとに発生する「肖像権」への問いなどの「リテラシーの基礎的」な言説の討議の場に変容していくことが、僕にはまったく耐え難い事でもあった。そのタイミングで体調も悪化しつつあった事もあり、創設した「傍流写真同盟」は、田中長徳代表にすべてを委ねた。

ここまでが、自主ギャラリーとネット上の傍流写真同盟というグループのお話しだ。

しかしながら、SNS時代が終わったというべき事態は、時代の趨勢なのか現実的な終わらないで負の価値を引きずりながら続いていく。
僕は数日後には、50歳になるが主に65歳近辺のいわゆる「バブル組」からの執拗な「マウント」にいちいち対応する事もFacebookでは大きな負担である。引退したサラリーマンが趣味で写真をするにあたって、既知の知識など、求めていない「アドバイス」を押し付けられるという事態も多々あった。求めていないアドバイスというのは、逆から見れば「単純に年長者の自慢話に時間を奪われる」という事である。

その手の「時間泥棒」の対応をする必要に迫られるプラットフォームの利用を一時停止するのは、僕にとってはごく自然な事だ。今回、そのような経緯でFacebookの利用の一時停止を「村落思考の集団からの自立」の一環として必要に迫られる状況に置いて実施した。

今後、復活するかもしれないが、状況に変化がなければあまりその可能性は低いと今の時点では申し上げるのみだ。
個人的に連絡や意見については、実際にお会いした方や名刺をお渡ししたりした方には知られているので、必要があればそのプロセスを使ってご一報いただければと考えています。

また、予備的にFBの「Messenger」機能のみ残していますので、そちらでも結構です。
以上、今後ともよろしくお願いいたします。喜多研一

※本日(2024年1月18日に撮影した「東京23区」シリーズよりタイトル用に一枚。神田淡路町以外にもあったのね)

#自主ギャラリー #村社会 #SNS #Facebook #傍流写真同盟 #写真界

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