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Case.03: 50y.o M 突然発症の右下肢痛

【設定】
ここは地域の2次救急病院。
夜間は医師2人、看護師4名体制。
平均1日20〜25台の救急車を受け入れており、walk-in患者の診療も並行して行う。
院内には内科系・外科系の医師が1人ずつ当直している。
ICUには専属の集中治療医が1人。
夜間の緊急手術は対応可能だが、麻酔科含めて各科on callで自宅からの呼び出しである。

【救急隊情報】
とある平日の深夜。就寝しようとしたときに一瞬胸がズキンとした後から、右下肢の違和感が出現してしびれ始めた。違和感が改善せず、疼痛が出現してきたために救急要請した。
救急隊接触時のvital signs:意識清明、血圧120/40mmHg・左右差なし, HR:70bpm・整、RR:18/min、SpO2:96%(RA)、BT:36.5℃
右股関節部分の痛みの訴えがあり、右足背動脈が触知できない。胸痛は消失しており、背部痛や腹痛はなし。10分ほどで到着する。
【既往歴】脂質異常症

①来院までにどういう病態を考え、どのようなプランをもって患者さんを待ち構えるか

「突然発症の右下肢痛+足背動脈触知不良」⇒急性動脈閉塞が疑われるな。早めに下肢の造影CTを撮る必要がありそうだ。現状、AFはなさそうだから、何が原因で閉塞したかも問題だな。
「一瞬胸がズキンとした」⇒一瞬の胸痛は何か関係あるか?胸痛+下肢痛を一元的に説明するとしたら急性大動脈解離か?
「血圧120/40mmHg・左右差なし」⇒脈圧が大きいぞ?血圧左右差はないが、胸痛症状と合わせるとStanford A型の大動脈解離によるARが起きている可能性もありそうだ。

Planning
・受け持ち看護師に、急性動脈閉塞を疑う患者がくることを共有
・もしかしたら大動脈解離かもしれないことも共有
・末梢ライン確保し、迅速Crをチェックして早めに造影CTに行く
・超音波でAR、心嚢液、大動脈のフラップがないかを素早くチェック
・足の所見で触知できる動脈、色調の左右差を確認

【病院到着】                         
0min
Action

〈Primary survey〉
A:発語あり、気道開通
B:頻呼吸なし、SpO2:97%
C: BP110/44, HR70bpm、両側橈骨動脈は触知良好、右下肢は大腿・膝窩・足背動脈触知しない、冷感あり
D: 意識清明、右下肢麻痺あり

心電図→明らかなST変化なし、sinus rhythm
心エコー→心嚢液なし、ARあり!腹部大動脈にフラップあり!

この時点で胸痛、背部痛全くなし。
腰部から右下肢にかけての疼痛あり。
右下肢は蒼白・運動麻痺あり、足背動脈は触知しない。

事前の予測通り大動脈解離の可能性が高まった!

20Gの静脈ラインを確保し採血も行う。

②初期評価後のアクションをどうするか

事前に予測していた病態である可能性が非常に高くなり、診断を確定するための検査と、確定後の迅速な対応が必要だ。

10min
Action
・血液ガスチェック→
緊急で補正を要する異常なし。Crの値も確認はするが、腎機能障害があっても造影CTは必須である。Lactateの上昇があれば何かしらの臓器虚血が起きている可能性が高まるが、正常範囲内であっても臓器虚血の存在を除外できるわけではない。
造影CTオーダー→本人に造影剤使用に関する同意をとり、放射線技師に連絡する。急ぎの撮像であることを伝える。
血液型や感染症の採血を追加→緊急手術に備えて輸血の準備ができるようにする。
リピート心エコー→心嚢液が溜まってきてきないかを確認する。
・こまめなバイタルサインと症状のチェック→血圧コントロール、鎮痛薬開始のタイミングを逸しない。

急変の可能性があるためCT室にはついていく。
そこで予測される急変は何か?

解離の進行で心タンポナーデによるショック、CPA
  ⇒心嚢ドレナージ、ACLS
急性心筋梗塞の合併による高度房室ブロック
  ⇒アトロピン、経皮ペーシング
疼痛やショックによる不穏の出現
  ⇒鎮痛、血圧コントロール

移動や体位変換時に急変が起こりやすい。モニタリングをしながら、ただモニターだけに頼らず適宜声掛けし、患者に触れながら常に容態に気を配る。

25min
造影CTにてStanford A型の急性大動脈解離及び右下肢急性動脈閉塞の診断となった。

③診断確定後のアクションをどうするか

・心臓血管外科医にコンサルト(院外からの呼び出し)
・集中治療医に情報共有、術後の受け入れの依頼
・厳密なモニタリングと、術中、術後管理のためのA line、CVCの挿入
・看護師に方針を共有し、オペ出しや申し送りの準備、入院手続きを進めてもらう

診断が確定したあとの初療医の役割は、スムーズに専門的治療に繋げることと、患者の安定化である。

予測されうる急変と、その対応を治療に関わるスタッフと共有しておく。

④このケースの分かれ道

・救急隊の情報の段階では右下肢の動脈閉塞を疑うことは容易であり、救急隊もそれを想定しているプレゼンテーションであった。胸痛に関しては一瞬だけで消失していたこともあり、プレゼンテーションの最後に少しだけ付け足されただけであった。

・下肢動脈閉塞のみを疑い、右下肢のみの撮像にしていたとしたら大動脈解離を見逃していたかもしれない。造影CTで気づいたとしても、CTの取り直しに時間がかかり、造影剤の使用量の増加なども懸念事項である。

・このケースを経験する以前に、同じような急性動脈閉塞を疑うエピソードでStanford A型の急性大動脈解離の症例を経験していた。この時は手術室が満床で緊急手術が対応できない状況であったが、救急隊の情報からは右上肢の突然発症の疼痛と冷感および麻痺で、胸背部痛は全くなかった。事前に心臓血管外科に相談し、急性動脈閉塞であれば対応できるとのことで受け入れたが、結果はStanford A型の大動脈解離であり、転院搬送を余儀なくされたという苦い経験がある。何が原因で詰まっているのか、塞栓なのか、解離による血栓閉塞なのか、いずれにせよ大動脈の評価が必要となる。

・Case.02も大動脈解離の症例であったが、大動脈解離が呈する症状は多彩である。それもそのはず、大動脈は各臓器を繋ぐ最大のルートだからだ。一元的に説明することが困難であるような多臓器にまたがる異常を見た時には、「大動脈は大丈夫か?」と考えてみると良いだろう。

⑤Take Home Message


1. 急性動脈閉塞の原因として急性大動脈解離を想定しておく
2. 診断をつけることと並行して常に急変対応を意識しておく
3. 急性大動脈解離の症状は多彩である


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