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開業表明した医師は格好のカモ。みんなが寄って来るんです。

医師が開業をすると言うと、お祝いや賛辞のお言葉をあちこちで頂きますが、心からそんなことを思っている人はそんなにいないし、そういう次元では語れない問題が背景にある、というハナシです。


開業を匂わせると、人がいっぱい寄って来ます。

開業する前は、みんなだいたい勤務医です。
開業を考え始めると、いきなり開業宣言などせずにコソコソと動き出すわけですが、まずはやはり仕事で繋がりのある身近なところから相談を始めます。同じ職場の勤務医に相談しても仕方ない(反対されるに決まってる)ので、すでに開業している先輩開業医や情報通の業者さんなどに。そんな中で紹介されたりして、コンサルや薬局や医薬品卸業者や製薬会社や医療機器メーカーや税理士事務所・会計事務所や金融機関やらと繋がっていきます。
自分が求めなくても、自分で情報を流さなくても、「みんな」どこからともなく次から次へと、自然と湧き出てきます。

みんな笑顔で誉めてくれるんです。

開業準備期間に寄って来る人々は、みんな笑顔です。とても。
やたらと賛辞を下さり「先生なら絶対に上手くいく」と太鼓判で、否定的な発言をする人などひとりもいません。

医師という立場上、良くも悪くも、普段から先生と呼ばれて敬語を使われることに慣れてしまっています。

誰しもが笑顔で寄ってきて褒めちぎってくれる中で、
「んなワケないやろ!お前に何がわかる?」
と内心で冷静にツッコミを入れられるマトモな人はたぶん少数派で、無条件に褒められていてもさほど違和感も感じずに、表面上の謙遜で受け入れたり、有頂天になってしまう人も少なくないと思います。

みんなとても優しいんです。

開業準備期間に寄って来る人々は、みんな優しいです。とても。

候補の土地や閉院した医院を紹介してくれたり、医療モールのプランを提案してくれたり、マーケティングっぽいことをしてくれたり、気づけば周りには協力的な無償のコンサルみたいな人が何人も。
みんなで自分の開業を応援して盛り上げてくれているかのような雰囲気です。

なんでみんな笑顔で優しいの?

なぜ全力でサポートしてくれてるの?

患者さんのために先生が頑張っているのだから、周りのみんなが全力でサポートをしてくれるのは当然ですよね!?

んなワケないです。
別に勤務医の時だって頑張って働いているけれど、そんなに寄っては来ません。

では、なんで?

みんなが笑顔で優しい理由。

理由は簡単。

開業に絡めば、儲かるから。

しかも、うまく入り込めば、開業時にだけでなく開業後も継続的に儲かります。(院長が心を病んだり大病を患って働けなくなったり死なない限り。)

そして、初期投資(借入)が大きいほど、規模が大きいほど、来院患者が多いほど、みんな儲かります。

医院開業に関わる具体的なビジネス。

専門の医療コンサル(有料)であれば、開業にこぎつければ成功報酬が入り、うまく行けば開業後も顧問契約が続き、顧問料が入ります。

薬局は、開業した医院の門前調剤薬局になれば、あとは診療日に営業していれば自動的に処方箋が入ってきます。医院の評判が良く患者数が増えれば、それだけ処方箋が増えて薬局の売り上げも増えていきます。

医療品卸業者は、薬剤も医療材料も医療機器も、医院に納入する上での仲介役となり中間マージンが入り続けます。細かいルールは知りませんが、医院がメーカーから直接購入することは基本的にできません。

製薬会社は、特に治療薬に複数の選択肢がある場合、いかに院長に自社薬品を愛用(処方)してもらうかが肝心です。気に入ってもらえれば処方は出続けます。

医療機器メーカーも同様です。院長に購入してもらい愛用してもらえれば、買い替えや買い増し時にも候補に上がりやすく、競合他社より優位に立てます。

税理士事務所・会計事務所は医院を経営する上で不可欠です。顧問契約はずっと続きます。

金融機関は、担保もなく(場合によっては信用保証協会をつけられますが)ほとんど医師の信用のみで億単位のお金を簡単に貸してくれます。以後よほど医院の経営が極端に順調で繰上返済されない限り、借入期間中ずっと利息が入り続けます。(繰上返済をしても手数料が発生します)

他にも、電子カルテ、画像システム、キャッシュレス決済システム、webページ、電気、燃料、セキュリティー、家具、日用品ほか、様々な業種が関わりビジネス(医院からすれば経費)が存在します。

『様々な業種に支えられて医院の運営は成り立っている』という表現もあながち間違いではありませんが、やや穿った見方をすれば、医院を開業するということは、それだけ様々な業種にとってビジネスチャンスなわけです。

もし医院がコケた場合、
借金と従業員と家族を抱えた院長は大変なことになるので、多大な重責とリスクを負っているわけですが、上記の「みんな」は、利益はなくなりますが大きな負債を抱えるわけではなく、院長から見ればかなり低リスクです。

開業後の医師の葛藤。

こんな塩梅で、みんな寄ってきて良い言葉ばかりかけてくれるんです。

そして、開業に向けてワクワクしている世間知らずの医師は、おだてられて乗せられて、いい気分で立派な医院を開院するわけです。

開院時にのみ儲けを得る業種の方々は、開業後にはいなくなります。
もちろん、医院が繁盛した方が儲かる業種のみなさんはその後も応援し続けてくれるのでなんとなくwin-winの関係っぽいですが、先ほど述べた通り、リスクを背負っているのは院長です。

はたから見るとうまくいっている医院の院長でも、こんな感じで流れに身を任せて無計画に必要以上の設備投資をして開業してしまうと、その背中にのしかかる重圧は甚大です。

経営を経験したことのない医師は、開業の為の借入を「事業資金」ではなく「借金」と捉えてしまい、住宅ローンをはるかに超えるその金額の重圧の下で全力で働き続けるしかありません。倒れたら終わりですし、十分な数の患者さんを診なければ経営が苦しくなります。

そんな重圧の中での苦労など(開業時にどんなに笑顔で優しかったみんなでさえ)誰も知ったこっちゃないんです。

「先生、お忙しくて大変ですね。」が関の山です。

医師が行う診療は健康保険制度に守られており、普通にまともな医療をしている限り患者さんは来ますし経営的にもちゃんと利益は得られます。よほどのことがなければ開業した医院が簡単に潰れることはなく、ときどき閉院を目の当たりにする歯科業界と比べれば、まだまだ恵まれています。

でも、簡単には潰れない一方で、出だしを誤ると止まることすら許されないんです。

開業コンサルのホームページを見たら、ライフプランの例として、院長の退職が70歳に設定されていました…。

どこまで働かせんねん。

あたりまえですが、借入金の返済をしながら職員の賃金・固定費・材料費etc.を払い、家族を養います。自分のことは二の次になりがちです。

そんな中、本分である診療の質と量の維持を忘れるわけにはいきません。
高い質を保てば量をこなせなくなり、キャパシティを超えるほど量を増やせば質が下がります。当然、収益も考える必要がありジレンマが生まれます。
でもこのあたりは、まだコントロールがつくことです。
何よりコントロールがつかないのが、職場環境の維持(人員確保、職員間トラブル)。

医師としての診療行為以外のところで、経営もマネージメントもして、家族を養いながら自分の健康管理もしていく。これ、簡単ではないです。

まとめ

というわけで、まとめです。

ネギを背負って突如現れるカモ(開業を表明した勤務医)には、ここぞとばかりにみんなが寄って来て、稼ぎに来ます。

どこでも行われているはずのことなんですが、意外とネットにはそんな情報が転がっていないんですよね、なぜか。

もし開業を考えられているお医者さんにアドバイスをできるのであれば、
・寄ってくる笑顔の人々を盲信せず自分の力で情報収集しましょう。
・保険診療の仕組みをある程度理解しましょう。
・医療だけでなくお金と投資の勉強もしましょう。
・医業以外の別収入経路(副業、投資など)を作りましょう。
と伝えたいです。

でも、ここでお伝えしたい一番のメッセージはそこではありません。

実際に医院を開業して院長として働いている中で徐々に強まる違和感を伝えたいんです。

前回の記事でも書いたんですが、(個人開業医院のレベルでさえ)医療には多数の業種が絡んでいます。そして、どの業種も医院が繁盛すればするほど利益が出る構図になっています。
「医院が繁盛する」と言うと「院長が儲けている」と非難されがちですが、経営の内情は外からは分かりません。前述の通りそんな楽じゃないんです。

狭い視野で医療者に矛先を向けるのではなく、もう少し視野を広げて俯瞰してみれば、

医院が繁盛する=医療費がかさむ

なわけです。

繁盛する医院で質の高い医療が提供されれば患者さんにとっても喜ばしいことですが、自己負担が低ければ濫用されます。
医院からすれば、存続していく為には、ニーズに応じてどんどん医療を提供していく必要があります。

私が感じている一番の違和感は、
ここでの登場人物は、開業に関わる様々な業種のみでなく患者も含め、みんな「医療行為が行われ分だけみんな得をする」仕組みであるということ。
(もちろん医院もそうと言えばそうですが、すでに全力疾走していたらそれ以上を求める余地はあまりありません。)

高齢化社会での医療費高騰、現役世代の保険料負担増大などの問題が取り沙汰されていますが、そもそも医療費は高騰する方向にしかいかない構図になっている現実があります。過剰に提供されている医療を縮小する方向へ動くインセンティブが働く立場の人がいないから、誰もそこにメスを入れようとすらしません。

構造上の大問題を無視し続けたまま、医療制度の改善ができるとは到底思えません。

簡単な打開策がないのは重々承知していますが、まずは、この根本的な問題から目を逸らしていてはまったく前には進めない、という問題提起をしたいのです。



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