見出し画像

レンズの群とか枚とかについて知っておくべきこと。

※この記事は有料に設定していますが、無料で全文をお読みいただけます。

カメラのレンズにはたくさんのレンズが使われている。

と書くと、なじみのない方にはわかりづらいのではないかと思う。ので、ここではカメラに着けるレンズ、あるいはスマートフォンやコンパクトカメラのレンズを「写真用レンズ」と書くことにする。

で、写真用レンズに組み込まれている1枚1枚を指すのは、単に「レンズ」と書く。そういうルールにしておく。

まあ、世の中には写真を撮る以外のためのレンズもいろいろあるわけだが、ややこしくなるのでここではスルーする。

そういうわけで、冒頭の文は「写真用レンズにはたくさんのレンズが使われている」となる。

で、今回のお題は、じゃあなんで写真用レンズにはたくさんのレンズが使われているの?である。

どうして複数のレンズを使うのか

1枚だけの凸レンズでも像はできる。写真だって撮れる。

ただ、性能はあまりよろしくない。

と言うのは、レンズには「収差」というものがあるからだ。収差はレンズをとおる光がねらいからズレてしまうことで像がぼやけたり歪んだりする現象のことで、言わば理想と現実の差である。

収差にはいろいろなものがあって、よく知られているのが球面収差、コマ収差、非点収差、歪曲収差の4つに像面湾曲というのを加えた「ザイデルの5収差」と呼ばれるもの(ザイデルさんは数学や光学、天文学のえらい人である)。それと色収差というのもあって、この6つをおまじないのようにおぼえておけばとりあえずはOKである。

で、この収差を減らすには複数のレンズを使う必要がある。

収差が6つだからレンズは6枚あればOKだよね?と考えるのはブッブーで、残念ながらそう簡単に収差を消すことはできない。

なにしろ、ワタシ自身はよくわからないのだけれど、理論上、レンズの収差をゼロにすることは不可能なのであるらしい。

しかも、あちらの収差を減らすとこちらの収差が増えたりするし、それを抑えると別の収差が目立ってくる。そんな感じなものだから、辛気くさいことこのうえない。

ので、写真用レンズの開発をやっている人たちは気苦労が絶えない。性能を上げるにはレンズの枚数を増やさないといけないし、そうすると大きく重くなってコストもかさむ。実用性も天秤にかけないといけないし、製造のしやすさとかも無視できない。

というようなしがらみもいろいろあるわけだけれども、性能のいい写真用レンズを作ろうと思えば何枚ものレンズを使わないといけないのは知っておいてもらいたい。

枚数が多い=性能がいい、とはかぎらない

基本的にはレンズの枚数が多いほど性能のいい写真用レンズを作れるのだが、これはほかの条件が同じであれば、というのが前提にあっての話である。

実際のところ、枚数が少なくても高性能な写真用レンズはたくさんあるし、枚数が多いのにたいした性能じゃないのもいっぱいある。

なんでそういうことが起きるのかと言うと、焦点距離や開放F値、ズーム倍率などの条件によって設計の難易度がかなり違うからだ。

焦点距離が同じ場合は開放F値によって設計のむずかしさが違ってくる。暗いレンズ(開放F値の数字が大きい)ほうが簡単で、明るいレンズのほうがむずかしい。

なので、たとえばフルサイズ用の焦点距離が50mmぐらいの、いわゆる標準レンズであれば、使っているレンズの枚数はF1.8で6枚、少し明るいF1.4だと7枚に増え、さらに明るいF1.2になると8枚とかになる、といった具合。

例外ももちろんあるが、だいたいの傾向としては開放F値が小さいほど、使うレンズの枚数も多くなる。

ただそれは、性能を上げるために枚数を増やしているという面と、性能を落とさないために枚数を増やさざるをえないという面の両方があって、後者の場合は果たして暗いレンズと比べて性能がいいのかどうかはわかりづらい。

F1.2の50mmレンズとF1.8の50mmレンズだとF1.2のほうが使っているレンズの枚数は多いのが普通だが、絞り開放同士で比べるとF1.8のほうがいい、というケースは多々ある。

その一方で、同じF1.8で比べた場合はF1.2のほうがよかったりもする。

そういうとこらへんがなかなかに複雑でややこしいので、枚数が多いから高性能、とはかぎらないというのも覚えておいてほしい。

レンズの表面の反射が性能に与える影響について

反射という現象は性質の違うものが接する境界で起きる。

なので、空気と水の境目である水面では太陽などの光が跳ね返される。空気中にあるガラスの表面でも反射は起きる。

この現象は、細かく言うと、屈折率が異なるもの同士が接する境界で起きる。そのため、屈折率が近いもの同士の場合は反射が減る(または起きなくなる)。水の中のガラスが見えにくいのはそのせいだ。

写真用レンズに使われているレンズの表面でも反射は起きる。

反射した光は外に逃げるので、レンズをとおらない。つまり、フィルムや撮像センサーにとどかない。その分だけ像は暗くなる。

たとえばガラスの反射率を4%とすると、ガラス表面で4%の光が逃げる。つまり、透過するのは残りの96%だけ。で、次はガラスの裏面でも反射は起きて、やはり4%が逃げる。

ただし、表面で反射せずにとおりぬける96%から4%引くのではなくて、96%のうちの4%が逃げる。ので、掛け算になる。式としては、

(1-0.04)×(1-0.04)=0.96×0.96=0.9216

となるので、7.84%が失われる勘定だ。

レンズ1枚で7.84%の光が反射によって消えてしまうのだから、枚数が増えれば増えるほどますます像は暗くなる。

レンズを9枚使ったとすると、「0.96」を18回掛け合わせることになるので、「0.479603335372621」とかになる。もとの47.96%。半分以下になっちゃうわけだ。

しかも、レンズの中で反射した光の一部は、さらに反射を繰り返してフィルムや撮像センサーにとどいてしまう。これがフレアやゴーストの原因となる。

というのもあるので、反射は減らさねばならないのだ。

コーティングによって反射を減らす技術

写真用レンズにおいて、反射はもったいないものであり、有害なものでもある。ので、なるべく減らしたい。

その反射を減らすのにものすごく効果があるのが「コーティング」だ。

コーティングはレンズ表面に蒸着した薄い被膜のことで、理論的な話を思い切り省いて書くと、反射がめっちゃ減らせる。

複数の被膜を作るマルチコーティング(多層膜コーティング)なら反射を0.1%ぐらいに減らすことができる。なので、レンズの枚数を多くしても反射による光のロスを激減させられるわけだ。

窓ガラスに映った太陽の光がとてもまぶしいのに比べて、写真用レンズの表面に太陽を映してもあまりまぶしく感じられないのはコーティングが頑張ってくれているからだ(レンズの曲がり具合にもよるのだけれどね)。

で、このコーティングにもわりと最近新技術が発明されて、さらに反射を抑えられるようになった。

それがニコンのナノクリスタルコーティングをはじめとするナノ系コーティングだ。

レンズ表面にものすごく小さな(これが「ナノ」の由来である)突起をびっちり並べたような構造で、反射率をマルチコーティングのさらに半分(0.05%ぐらい)にまで減らすことができる。

ナノ系は強度的に弱いとかコストが高いとかのマイナス面もあるが、うまく使うとフレアやゴーストを劇的に改善できるので、各社とも高級タイプのレンズにこぞって採用するようになってきている。

レンズを貼り合わせて反射を減らす

さて、コーティングの技術が発明される前に反射を減らす方法として使われていたのが「貼り合わせ」だ。

2枚のレンズを同じかたちの凸面と凹面にして接着剤で貼り合わせてしまう。同じガラス同士なら屈折率の差は小さい。ので、反射も少なくできる。そういうわけだ。

この貼り合わせたレンズのグループのことを「群」と言う(聞くところによると、貼り合わせていなくても「群」と呼ぶケースがあるらしいが、ここでは貼り合わせたひとまとまりを「群」と呼ぶことにする)。

貼り合わせていない1枚のレンズも「群」としてカウントする。ので、1枚だけのレンズは「1群1枚」、2枚のレンズを貼り合わせた状態は「1群2枚」となる。

なんかもう長らくお待たせしました的だが、ようやくタイトルに書いた「群とか枚とか」の話である。

さて、群をつくるメリットは空気とレンズの境界面の数が減らせるので反射も減らせること。

これによって反射を抑えつつ、レンズの枚数を増やすことができて収差が減らせるのでレンズ性能をよくできる。そういうわけだ。

ワタシが持っているレンズの本の中には、4枚のレンズを貼り合わせた1群4枚で構成された写真用レンズが紹介されていて、これだとレンズ4枚で収差を補正できて、反射はレンズ1枚分しかない。かなりお得である。

が、こういうのは現代ではまずお目にかかれない。

と言うのは、ひとつにはコーティングの技術が発達して十分に反射を減らせるようになったおかげで、逆に貼り合わせずにあえて隙間をあけることによって効率よく収差を補正できるメリットのほうが大きいからだ。

向かい合うレンズの凸面と凹面の曲がり具合をまったく同じにするよりも、収差をより少なくできる方向でそれぞれに変えてやったほうが性能は上げやすい。また、隙間のあけ具合によっても収差は変わるので、そこもうまく調整したほうが有利なわけだ。

レンズとレンズのあいだに隙間をつくることで、そこにある空気が、あたかも収差を補正するレンズとして機能しているかのように見えるところから「空気レンズ」と言うらしい。

少々謎っぽい気もしなくはないが、この空気レンズの存在も貼り合わせを多用した写真用レンズがほとんど見られない要因のひとつと言える。

レンズ構成とレンズ構成図のこと

さて、レンズのスペックに「5群6枚」などと書かれているのは知っている人も多いと思う。これは、使われているレンズが全部で6枚で、そのうちの2枚が貼り合わせになっていることをあらわしている。

昔はレンズ設計のパターンがかぎられていたので焦点距離と開放F値、それからレンズ構成の数字がわかれば「あ、ダブルガウス変形タイプだな」みたいに見当がつけられた。

が、今どきはいろいろと進化して変化してものすごいことになっているので、50mmレンズで8群13枚構成とか15群17枚とか、数字だけを見て「××タイプ」云々が把握できなくなった。

で、その代わりに重宝されているのがレンズ構成図。写真レンズの中にある凸レンズや凹レンズのかたちや曲がり具合、並びっぷりを眺められる図面である。

たとえば、キヤノンEF 50mm F1.8 STMのレンズ構成は5群6枚で構成図は凸凸凹凹凸凸という並びになっている。同じ50mmのF1.4 USMになるとうしろに凸レンズが1枚増えた6群7枚構成になる。同じくF1.2 L USMだと凹レンズも1枚加わった7群8枚構成で、これらはいずれも昔ながらの手法で設計されたレンズだと言える。

一方、そこから大きく違うのがRF 50mm F1.2 L USM。レンズ構成は9群15枚で数字的にもかなり違うし、レンズの並びも凸凹凸凹凹凸凸凹凸凹凸凸凹凹凸で、規則性とか前後半の相似性とかまるで感じない。

えらい人はこれを見て、光の曲がり具合、集まり具合を思い浮かべたり、それぞれのレンズの役割が読み取れたりするらしいが、ワタシのごとき凡俗には、せいぜい設計思想がまるっと違うというぐらいしかわからない。

ほぼほぼちんぷんかんぷんである。

それでも「今までのとは違うな」というのがわかるだけで楽しい、というのはある。沼っぽくなってくるけどね。

ここから先は

0字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?