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ブランデッドムービーを通して本当に伝えたかったこと。

時が経つのは、歳を重ねるごとに早くなるのだという。

以前、チコちゃんに叱られて知ったのだが、そういう方も多いのではないだろうか。「トキメくことが少なくなったから」と結論付けられていたが、思えば、この3年は、コロナ禍で外出が制限され、不変的な日常が続き、トキメキよりも不安の占める割合が多かったように思う。

長く生きていると様々な経験が増えてくる。いわゆる「人生の尺度」が長くなれば、当然、一つ一つの出来ごとに対しての刺激が少なくなる。これは、フランスのジャネという哲学者が発案したものらしく、5年と50年に対する、1分や1時間の割合が違うわけで、その希少さが故に、刺激となり、時の流れが鈍化している(と感じる)のだ、という。

0歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。よって、50歳の人間にとっての10年間は5歳の人間にとっての1年間に当たり、50歳の人間の10日が5歳の人間の1日に当たることになる。

wikipedia「ジャネーの法則」

いずれにしても、時間とは、どの生物にとっても共通の資産であり、どのように活かすかは、自分自身で考えていきたいと思いつつ、こうしたnoteを記すのが、今年3回しかなかったことに愕然としてる。

いろいろなことがあったので、バタバタしてたら、そうなったのだから、(あれ、忙しくしてても、時が経つのが早いではないか。それじゃ、話が違うジャネーか。。。)

なんだかよく分からなくなってしまった。ともあれ、日々に感謝し、一日一日を大切に生きていきたい。(ムリヤリだな)

が長くなったわけだが、今年、素晴らしいムービーを制作してもらっていた。そのことに触れなければならない。詳しくは後述するが、朝をどう迎えるかにフォーカスをして、それぞれの立場から役者(猫も含む)に演じてもらっている。手前味噌だが、よく表現されているので、まずは、ぜひ本編をご覧になっていただきたい。

●作品のあらすじは?

3つの異なるストーリーで構成されているが、全編を通した、あらすじは以下の通り。

「おはよう。いい朝。いい人生。」

その⽇⼀⽇をどう過ごせたか
喜びに溢れる⼀⽇
悲しみに暮れる⼀⽇
できなかったことができるようになった
希望を感じる⼀⽇

⼀⽇の終わりはベッドに⼊り、
その⽇のことを振り返るものだ
朝が待ちきれない夜もあれば、
不安な気持ちで眠りにつく夜もある

ある⼀⽇の夜のさまざまな物語
いつもと変わらない朝が、そこにある
続いていく

朝=テンション高く、というスポ根のような表現ではなく、気分のすぐれない朝もあるし、そもそも荒天によってお日様が拝めない時もある。事実として大切なのは、自分は生きていること。そして、時間と共に日常が続いていくこと、なのだ。

●ブランドとして伝えたかったこと

愛知県北名古屋市にある「まくらのキタムラ」は、来年1923年、創業から100年を迎える。【元気な「おはよう!」を創る】を理念として、「できる限りを尽くし、快眠を通して、人々に活力を与える」ことをミッションとする、日本の枕メーカーだ。

いつの時代にあっても、睡眠には国境も人権もない。誰にとっても、どんな時も、朝を迎えられることは尊く、それによって人生は豊かになっていく。新しい⼀⽇の始まりが、その⼈にとって少しでも⼼地よくなるように、やさしい朝を届けたいという想いで、モノづくりをしている。

昨今、「え、なんで?」と思わざるを得ない、奇想天外ともいうべく、出鱈目なことが世界中、日本中、各地域で起こり、そのたびに虚無感に襲われ、苦しくなる。(人間という生き物は何故こんなに強欲なのだろうか。)ただ、自分だって、それに違わないだろう。ほしいものはあるし、行きたい場所もある。食べたいものあるし、それぞれの事情も知らないで、人のことが心底、羨ましい時がある。

そんな気持ちを持ち合わせながら、朝の光は、少しだけ自分を赦してくれる気になったりもする。たとえそれが都合のいい解釈でも、太古の時代から、きっと朝には、そんな包み込むようなやさしさがあって、人々はありがたく享受してきたに違いない。

だから、その朝を迎えてもらうために、まくらのキタムラが居られたらと。近代的なメディアを通じ、ブランドが大切にする「やさしいメーカー」というバリューを映像によって表現し、快眠を提供することで、国内外問わず、誰にとっても、どんな形でも生きる上で朝を迎えられる尊さを伝えていく。

●アナザーストーリー

リアリティを表現するために、撮影時間帯も早朝から行ったり、あえて夜に行ったりもした。「日常の朝」であることに意味があるため、結果として雨は降らなかったが、仮に降ったとしても撮影は続行していただろう。

つくり手として一番の喜びは、感謝されることではないかと思う。兎角、企業はお客様に対しての目線が多くなりがちではある。もちろんそれはそうだが、優劣なく、やはり同じように大切なのは、一緒にモノづくりに取り組んでくれるスタッフたちだ。言わずもがな彼らがいなければ、どれだけ理念に想いがあろうと、ミッションが高尚だろうと、具現化は絵空事になる。

「ありがとう」篇では、モノづくりに初めて携わった青年が出てくる。そして、自分で作った枕カバーを手渡した妹から、ふと「ありがとう」と告げられる。その気持ちを胸に眠りにつく。そして、翌朝。。。

また、作品の中にある画材道具や絵画は、実は当社で働くスタッフが協力してくれている。障害を抱えながらも、懸命に活躍してくれている彼とは、この作品を通して、より関係性が深まったといっても過言ではない。本人もいろいろな人に自分の作品を見てもえることに興奮し、とても喜んでくれた。

いろいろな行き違いもあって、結果として、もう会社には来られなくなってしまった。しかし、その時に、改めてじっくりと彼と向き合い、話を聞くと、とても会社のことを考えてくれていた。にもかかわらず、コミュニケーションがなく、疎外感を感じて、とうとう無力感によって、再び重い扉を閉じようとしていた。

そのことを知って、浅はかだった自分に気付き、彼に詫びた。どこかとっつきにくいなと思っていたのだ。彼はそれを受け入れてくれた。

提供された中に描きかけの作品がある。演出上、必要だったので、急きょ無理を言って依頼したのだが、思えば、それも安易に捉えていたような気がして、今さらながら反省している。

彼は、その書きかけだった作品を最後まで仕上げてくれ、友情の証として購入させてもらい、今も目の前に飾ってある。

田垣内克行さんの作品

製作については、30年来の無二の友・武藤健二氏にメガホンをとってもらった。とにかく地元に関わる人や場所で進めてくれるように強く依頼。まくらのキタムラは、この地で、この地の人たちと共に100年の歩みを進めることができたのだ。これからもその気持ちに変わりはない。だからこそ、この街で表現をしたかった。

だから、ロケ地はすべて愛知県内であり、スタッフはほとんど地元を中心に活動する会社、キャストもできる限りそうしてもらった。イラストレーターや楽曲制作も名古屋で活躍するクリエーターたち。

夜景のシーンは、実家があった場所から撮影されており、当社の5代目候補は、お絵描き担当として動画に参画。過去とのつながりをもちつつ、未来へのメッセージも盛り込んだ。

演出上、2枚用意しないといけない。同じように書くことに苦労していた。採用は右。

細かいところを言えば、劣る部分があるのかもしれないが、それは当社も同じだろう。背伸びをし過ぎず、できる限りを尽くして等身大であること。それこそ、これから目指していくあり方だと思うからだ。

最終的には、ご覧いただいた皆さんが、どう感じたかに委ねたいが、ここで表現された世界観を大切に、100年目に突入していく。これからも、地元・名古屋で、仲間と共に、一人でも多くの方の快眠を提供し、一緒に歩みを続けていきたい。

まくらのキタムラ
北村圭介

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