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もしも結婚したのなら

恋人と結婚することが、いよいよ現実味を帯びてきた。


高校時代から七年間付き合った恋人。2年制の専門学校を出た彼女は、大学に通っていた私よりも先に社会人になった。そして、彼女が少し大人になったその年「あなたとの将来が見えなくなった」と言って私たちは別れた。思考回路が根っからネガティブだった私は、普段からいつ別れを切り出されても大丈夫なように、別れる時の最後の言葉も、そのあと相談する友達も決めていた。順調に別れ、順調に友達に相談し、心配はかけたけれど何も問題なく綺麗に別れることができた。しかし、猫を見たり、面白い話を聞いたりして、些細などうでもいい情報を仕入れたとき、それを送る相手がいないという事実は、別れた当日よりも二日三日経ってから私の気持ちを少しだけ暗くした。


ところが、元恋人はそんなこと関係なしに連絡してくる。毎晩のように電話することこそなくなったものの、買い物に出かけようと誘ってくることもままあった。私はこんなに悩んでいるのに、元恋人は私の目の前で靴を選んで試着している。美味しいものを食べて、いつものように別れ、そしてまた連絡が来る。


ついに私は「これは結局、付き合っているのと何か違うんですか!?」と、逆ギレしてしまい、妙に冷静な恋人が「それもそうだね」とひとごとのように言った。どちらかがヒートアップしているときは、もう一人は「だめだこいつ話が通じねぇ」と鼻くそをほじりながら落ち着くまで無気力な返事をしつづけることが私たちが仲違いしない秘訣であったが、それが別れてからも効力を発揮することになった。


そして、ロマンチックな告白から始まり、恋人から別れを告げられた私たちは"関係者で検討を行った結果、付き合っている時とそうでない時で変化が見られなかったため"という注釈が付き、再び付き合うこととなった。


そのため、どうして付き合ったんですか? という質問に対し「……議論の末に」という掘り下げるのに勇気がいる返しをすることができるようになった。こういう面倒くさいやりとりを面倒くさがることなくいちいち相手してくれる恋人とはそこからさらに付き合いが続き今日に至る。


私も社会人に進化して、恋人も昇進した。


「……結婚しよう」


そうプロポーズしたのは私ではなく恋人の方だ。


「嫌です!」


「なんでよ!」


そもそも、結婚をして何になるというのか。幸せな人もたくさんいるが不幸な人も沢山いる。結婚しても付き合った時から何も変わらない人もいれば、結婚を機に良くも悪くも運命が変わったという人もいる。それらの意見を総合した上で、自分の身に降りかかる結婚のイメージは「確率も景品も不明のギャンブル」である。友達が結婚するなら心から祝える自信があるが、自分の結婚となれば話は別だ。


「子供が欲しいの?」


「……今はいいかな。〇〇君は欲しい?」


「考えたこともないよ」


このように、結婚をしてどうしたいのかという話をしたのだが、全くもって結婚したい理由がわからない。コンセプトも具体案も不明である。これが企画会議なら「もう一回詰めて持ってきて」と突き返しているところだが、ことは結婚だ。


「逆に〇〇君は私と結婚したくないの?」


「そうではないけど」


「じゃあいいじゃん」


何がじゃあいいんだよ。


突き返したはずの企画案を手にしたプレゼンターは目を丸くして私を見る「この企画を通さないなんて正気か?」と。そうしてついこの間、不意を突かれて5回目くらいのプロポーズに「うん」とうなづいてしまったのである。それからも、恋人は念を押すようにプロポーズを仕掛けてくるので、その度に「やめとこうよ」と答えているのだが「まぁ、そのうち気が変わるよ」と全く取り合ってもらえていない。


「ねぇ、結婚したら、なにしたい?」


恋人からの質問に私は考えた。結構真剣に考えた。結婚したのであれば、結婚しなくてはできないことをしたい。


「……離婚かな」


「そういうところだよおめぇはよ」


怒られた。


「あとは、強いて言うなら苗字を変えてみたい」


「えぇ、じゃあ、じゃんけんで決めようか」


最近、恋人のお父さんが私のことを嫌っているという情報だけ知った。


「まぁ、どこもお父さんなんてそんなもんだからさ」


挨拶に行かなきゃだめか。どうしても、だめか。辞表みたいに、封筒で送っただけで法的に許されないかなぁと思う。


「いつでもいいからね」


こっちは別によくはない。それに、別れた時に恋人から言われたセリフがいまだに気になっていた。


「ところで、私との将来が見えなくなったっていう話はどうなったの」


「最悪ぶん殴ってでも婚姻届にハンコ押させる」


将来は自分で切り開くことに決めたらしい。


「お手柔らかに」


大変な人を好きになってしまった。


そう思うのは、私も彼女も、きっと同じなのだろう。

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※このエッセイは他のサイトに掲載していたものに修正を加えたものです。

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