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刀が「看護師をやりたい」と言うのであれば。

ミュージカル刀剣乱舞を見ているとき、ふと、会場のボルテージの上がり方が自分と違う時がある。

山姥切長義という、カメラで抜かれるだけで声援がぶち上がる刀がいたり、肥前忠広という背中をはだける瞬間に声援が上がる刀がいたり、小竜景光というカメラに柔らかい手を差し向けて微笑んだ瞬間に声援が上がる刀がいる。その瞬発力を現地で肌で感じると「あれ、自分、ちょっと今の、乗り切れなかったな」と感じたりするのだ。

例えば目の前の審神者が、推しのコラボ曲に咽び泣いているのを見て「おぉ、良かったな」と思う一方で、少し引いて見ている私が居る。

本物が、今目の前にいる。と、思う一方で興奮まではしないんだと実感するのだ。もちろん、榎本武揚が出てきた時は別だ。ファンサが欲しい。その点に関してならどこまでも強欲になれる。しかしその一方で、推しでない刀に新たな魅力を見出す瞬発力が欲しい。

楽しむことは出来ている。私自身、感動は噛みしめるタイプなので「うぉーー!」とか言葉にならないのもまぁ良い。しかし、私だから気がつく独特な着眼点というものもあるのではないか。思春期特有の、自分だけの特別な才能を追い求めるように、私ならではの楽しみ方は何かないか。

そんなふうに悩んでいたが、先日妻が「特典映像、あなたが見なかったら私は一生見なかったと思う」と言っていた。特典映像というのは、もうどのミュージカルか忘れてしまったが、ブルーレイを買った人への付録として刀剣乱舞の刀を演じる方が、縁の地へ行ってその土地のことを学ぶ動画だった。

「なんで見なかったの?」

という私の質問に対する妻の回答はこうだ。

「推しが滑り倒してるのを見るのは耐えられない」

確かにそうかも知れない。でも、私にとっては演者さんだ。また、特撮界隈においては撮影を追えた役者さんがバラエティに出ることも多々ある。そういう意味ではあまり違和感はなかった。

どちらかと言うと楽しめたと言っていいだろう。このあたりに私の才能があるのかも知れない。

また、花影ゆれる砥水という回では、第一演目が終わったあとにライブパートがある。その間に、一本寸劇が挟まれるのだが、まぁー、酷い。面白くないとかそういう次元ではない。面白いかどうかといえば面白くないのだが、あれは、滑りに行っている。しかしだ。一回目から千秋楽まで通しでやりきる覚悟を決めて、全く意味のわからない寸劇を披露することにしたのであればそれはもう「見なきゃ失礼に当たる」のではないだろうか。

大般若さん(めちゃくちゃクールな見た目でハジけた刀)が「私は看護師をやりたい」というのならもう誰もそれを止めることはできない。その瞬間にステージ上の刀全てと、会場にいる審神者は同じトロッコに乗せられたのであり妻を持ってして「イケメンじゃなきゃ端からビンタしてた」と言わしめるクオリティの寸劇を浴びせられるのである。

恐ろしいのは、その上で幻滅とかは特に無いということだ。スペックにおいて「めちゃくちゃなイケメン」というのは、既に頭に「めちゃくちゃな」と付いているのでその後にどんな珍道中を演じても許されることになっている。

誰も「滑ったらどうしよう」と思っていない。

「私は看護師をやりたい」

刀が、看護師を。もはやその瞬間から突っ込むほうが野暮であり「あっ、はい。もう、ええ、好きなように。はい」しか、こちらには答えが用意されていない。

そして、そのときだけは「乗り切れなかったけど、まぁ、絶対私だけじゃないな」と、この星の下に生まれたのだからきっと味方がいるぜ的な余白が心のなかに生まれる。

これは、ちょっと引きだから生まれる余裕の楽しみ方ではないか。別にそんなこと無いか。冷静に考えて、私より遥かに妄想力も高く名実ともに強い審神者である妻が「ビンタ」という暴力を持ち出すレベルなのだ。

第一部は本当に良かった。第二部の寸劇だけ本当に意味がわからない。油断したとか、そういう言葉では片付けられないほどネジが吹き飛んでいる。見てほしいけど見てほしくない。

花影ゆれる砥水には良いところがいっぱいあるのだ。個人的には、仮面ライダー555に出演している唐橋充さんが出演しているのが熱い。特撮の界隈でオタクをしている者としては、こうした舞台でヒーローを見ることができるのは凄く嬉しい。

でも多分そういうことではないのだ。榎本武揚役の藤田玲さんも仮面ライダー555で敵の役をやっていた。でも、その繋がりだけでミュージカルを楽しんでいるわけではない。

それでも、妻が「今! 手袋を撮ったスケベなカメラが有るっ!」と体を前のめりにしていると、「まぁ、私はまだここまでじゃないな」と冷静になれるのだ。

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