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【悲報】議論で妻に勝てません。

先日職場で「寒いっす」と、エアコンがガンガンに効いた部屋で言った。

もはや、着込み方で調節する他ないし、周囲の同僚たちも着込み方を語り始めた。ある人は上に着込むけれど下は特に強く防御することはない。しかしまたある人はストッキングに靴下を追加する。

私はと言うと、まずヒートテックのインナーを着る。そして長袖のシャツを着る。パーカーを羽織る。コートを着る。ズボンはたまにタイツを履きたくなるが、履いた時冷たいので嫌だ。

そんな中、年上の同僚であるBさんが「朝風呂は?」と勧めてくれた。これに対抗する姿勢を取ったのが私と、新人の女性一人である。茶番ディベートが始まった。

「朝風呂入って、体温めたらマシになるやんか」

しかしすかさず新人さんが言う。

「朝のその時間はすごく貴重なんですよ。朝の10分は一時間くらいになるんですから」

「だとしても、一旦昨日のお湯を追い焚きして、入ればええやん」

「入った後も髪を乾かすとかあるんですよ。10分じゃ難しいですよ」

確かに、少し長めの髪を乾かすのは大変だ。妻の髪を乾かしたときによく分かった。その乾かしたときの評価星二つというあまりにも辛いものだったので、逆に印象に残っている。

そこに私も加勢した。

「髪を乾かすのは大変なんですよ」

「いや、〇〇君は量が全然ちゃうやん」

新人さんはロングヘアーで私は短髪だ。

大した援護射撃にはならなかった。しかし、Bさんは朝風呂推奨派である。しかも、関西らしく「まぁ、俺やってへんねんけど」というオチが付いた。

そして話は防寒対策へと移っていった。

夜、私は意気揚々と自宅に戻り、顛末を話した。朝の忙しい時間にお湯に浸かるなんて、その後リラックスして寝てしまうだろう。なにより、沸かす時間でご飯を食べるなどの豊かな生活が遅れれば嬉しいが中々簡単なことではない。と、妻に熱弁した。

「沸かす手間、着替える手間、乾かしたりととのえる手間とにかく手間ってね、言ったわけさ」

妻は言った。

「ただ一応うちのお風呂、給湯予約できるよ」

「え?」

「だから起きてすぐお風呂に入ることはできる」

できるんだ。

そういった関心とともに、控訴されていたら負けていたなと思った。雑談での結論は、私にはどう逆立ちしても朝風呂は無理というものだったが、それを妻のところに持っていくと「可能である」という結論に一言で変わった。

これまで、私は数々の人を大なり小なり説得してきた。しかし、それは辛くも勝利を勝ち取ったにすぎないようだ。もし相手が妻だったら、私はほとんど勝てないのではないだろうか。同じ議題、同じテーマ、同じ意見を述べても妻に伝えるとそれを上回られることが多い。

「ガチャって、一度手を出すと永久にやっちゃいそう。あれって宝くじみたいなもんじゃん」

「違うよ。ガチャはね。納税」

「納税」

「まず納めるの、でも当たりやすいイベントのときに引くとSSRが出やすくなる」

ふと浮かんだのは「ふるさと納税」という単語だった。妻と話すとものの見方とは実に様々なものなのだと実感させられる。そして、文字を書く者としてそうした新たなものの見方を提案するというのは、叶えたい夢であり身につけたい技術でもある。それを妻はスマホをいじりながら造作もなくやってのける。

広告のコピーライトについて勉強していたときにも「コピーライトとは、新しい見方を通じてユーザーと商品の関わりを言葉で再構築する技術である」というような、なんだかそんな感じのことを学んだ。私がウンウン考えている間に、妻は私に色々な世界を見せてくれる。

例えば本に「料理とは科学である」と書いてあった。配分をきちんとして、温度を管理し、実験することなのだ。と。

しかし、妻は全く分量を測らない。調味料も火加減も適当である。これで美味しいものができるのだから全く意味がわからない。

「料理とは科学、って聞いたんですけど」

「ん、違うよ。料理っていうのはね、芸術」

「芸術」

「絵を書くときにインクを出す分量を計らないでしょ?」

結果として、美味しいものができているので全くぐうの音も出ない。そうなのかもしれないと思えてくる。実際、お絵描き動画などを見てまだらに配置された絵の具を見て「……ここからどうやって風景が?」と首を傾げている間に、山や木々が描かれていく様子は何度も見てきた。こうして私の中では「料理とは科学であるとともに、芸術である」と情報が更新される。

隣に、こうしたは人がいるので私は一向に文章の腕が磨かれているような気がしない。思考の品質や、出した結論が用意にひっくり返る。いや、結論そのものは変わっていないのに新たな視点や、私の触れやすい道を案内される気分だ。

私が開拓した道や描いた山があるとして、その裏にロープウェイがあることを妻は教えてくれる。私が必死に描いていたのはコインの表側にすぎないことを、指で摘んでひっくり返すことで教えてくれる。ときに無茶苦茶な理論であるが、しかし「なら一度試してみよう」という気になってしまう。

"起きてすぐにお風呂に行ける。"

"ガチャは納税。"

"料理は芸術。"

これを超える言葉を私は書けるだろうか。人を引き付ける文章を書いてみたいと日々考えるからこそ、こうした言葉の数々に驚かされ、敵わないなと落ち込みながら今日も「お散歩に行こう!」と声高に主張してくる妻に対して「嫌」と伝えて黙秘して、議論へと持ち込まないようじっと座り込んでいる。

「ところで、病院そろそろ行かないとね」

「……そうだね」

「今からだと終わりは17時くらいかな」

「……そうだね」

「じゃあ、駅で待ってるからね」

私は外に出た。きっと私はこのあとお散歩することになる。果たして、今後私が妻に勝てる日は来るのだろうか。

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