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おにぎりから、恋人まで

「今日はおにぎりなんや?」

お昼ご飯のおにぎりを3つテーブルに並べたとき上司のTさんが言った。マスクでほとんど隠れた顔だけど、目は興味津々にこちらを見ている。

食パンと菓子パンばかりのお昼ごはんだったのだが、今日はスーパーでおにぎりが値引かれていたのでそれを買った。職場にパン以外を持ち込むのは初めてだったが、Tさんはそれをしっかり見ていたようだ。

「パン以外持ってくるのは初めてやな」

もう既におにぎりを一つ食べている私は、口をモグモグさせながら「はい」と言ったのだが口いっぱいにおにぎりが詰め込まれているため声にならず、結果的に無言で頷いてしまった。

「いま食べてるのは何おにぎり?」

私はゴクンと口の中にあるぶんを飲み込んで「明太子です」と答えた。

Tさんはふぅん、と言って私のテーブルにおいてあるおにぎりのうち一つを指さした。

「ほんで、こっちは?」

「焼きタラコですね」

「なるほど……んで、こっちは?」

最後の一つを指さした。

「2つ目の明太子です」

「なっんでやねん」

笑いながらTさんは言った。

「魚のタマゴばっかやんか」

こんな具合だ。同じオフィスで近い距離にいる私とTさんは、お昼になると大体何かしらの会話をする。

「〇〇君さぁ、全然関係ない話していい?」

休憩時間、10分くらいでご飯を食べ終えた私がゴミを捨てていると、Tさんが椅子背もたれ越しに顔をこちらへ向けていた。私はパソコンから手を離してTさんの方を見る。声色からしてそんなに大した話ではないことがわかるので一回断ってみることにした。

「ダメです」

「まぁ、聞くけど。恋人とどうなん? 遠距離やんか」

「そうですねぇ、元々高校時代からあんまり頻繁にデートなどはしなかったので……」と、話し始めて、東京へ戻った時の近況報告や、恋人の話をすると「へー」とか「おぉー」とか言いながら興味深そうに頷いた。同じ職場でまだ一ヶ月くらいしか働いていないのに、Tさんには誰よりも近況報告をしている気がする。

自分のことを何も話さない。と、昔から言われていたのだが、Tさんは私になんでも聞いてくるのでそれに応えてなんでも話してそしまう。仕事のことも、プライベートも、お昼ごはん事情など、Tさんはなんでも質問してくる。そのうちに力になれることもいくらかあり、私はそれが嬉しかった。

「恋人とは、そんな感じですかね」

「なるほどなぁ、ええなぁ」

私にちゃんと恋人がいて、しっかり関係性もあるということが、Tさんとしても確認できたようで段々と表情も納得した顔になっていた。

「でも、会えへんやろ? 寂しくないの?」

Tさんは言った。普段は「いやぁ、別に」とか「大したことないですよ」なんてはぐらかしているのだが、自然と言葉が出てきた。

「ふふっ、毎晩電話してますよ、大好きですから」

Tさんは私を見てくれている。会話のやり取りから、それを実感できるのが嬉しかった。

「あっはっは、なんか腹立ってきたわぁ、ハンマーとかない?」

オフィスにハンマーなんか無い。

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