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呼び方が変わるとき

恋人は私のことを苗字で呼ぶ。

あと、私のTwitterをブロックしている。

この2つは恋人紹介の際においては鉄板ネタである。恋人も含め私は下の名前で呼ばれるとなんだか変な気分になる。

私の通っていた高校は、全員に自分の呼ばれたい名前やニックネームを付けるというルールというか、決まりがあった。

私は自分の名前をもじったニックネームを名乗った。恋人は、自分の下の名前をそのままニックネームとした。高校三年間を通しても、初期のニックネームがそのまま呼ばれ続ける人もいれば、変化していく人もいた。私の場合はどんなニックネームを付けても、大体苗字呼びに戻ってしまう。実行委員などをしてると、先生とのやり取りが多くなり、私のことを名指しするときにニックネームよりも苗字のほうが勝手がいいという都合もあった。

仲良くなるにつれ、苗字で呼ぶ人が増えてくる。

「お前のこと、ともくん(仮名)って呼んでたとかちょっと気持ち悪いわ」

今は私のことを苗字でしか呼ばない友人は、高校時代の友人が何をしているのかを報告しあう話題になったとき、そんなことを言う。恋人のKさんもそのうちの一人だ。苗字+くん付け。私もKさんのことを苗字+さん付けで呼んでいる。

ところで、このニックネームシステムは私にとっては大変ありがたいシステムだった。私は人の名前を呼ぶのがすごく苦手なのだ。「間違ったらどうしよう」と考えてしまう。名前は間違えるのが大変失礼なので、呼び方もそうだし、お店で領収書を書くときもスマホに文字を打ち込んで漢字を確認することを心がけている。

それに比べてニックネームは気楽だ。別に間違ったらそれが新しいニックネームになることもある。わからなかったら雰囲気で呼べばいい。それになぜだか私は人のニックネームは本名に比べてずいぶん覚えていた。未だに本名は自信がないけれど、ニックネームは覚えている友人が数名いる。呼び方を間違ってはいけないと意気込まないせいなのか、それが例え本人の下の名前そのままでも「これがニックネームです」と言われれば私はすんなり覚えられた。それでもどうしても覚えられないときは、自分で勝手にニックネームを付けた。それでも呼ぶことへの抵抗が少ない名前は何度も何度も呼び、自然と頭に残るようになった。

だから、ハンドルネームが一般的なインターネットは私にとっては大変居心地がいい。誰もがニックネームを使っている。数回コメントをしていると、どう略そうか、どんなふうに呼ぼうか考え始めるようになる。ニックネームのはずの名前が正式な名前に思えて、どんなに柔らかい名前でも正式名称に思えてきてしまうと少し崩して遊びたくなってしまう。アルファベットを使っている人はカタカナ呼びしてもいいような気がしてくるし、人の名前やそれに似た体裁の名前を使っている人は短縮や省略をすることですぐに新しい名前を作ることができる。

初めてメッセージをするときや、文章内に名前が含まれるときは一応しっかり確認はするけれど、本名を呼んで間違えてしまったら恥ずかしさと申し訳なさに襲われてしまうんじゃないかという不安に比べればずっとずっと呼びやすい。だから、ニックネームで呼びあえる関係は、仲のいい人を身近に感じられる嬉しさもあり同時に苦労が少ないという面で私にとって大変ありがたい距離感だ。

ところで、全然話は変わるんですけど、みなさんご両親のことなんて呼んでます? 例えばお母さんはママ? お母さん? おふくろって呼ぶ人もいるんでしょうか。両親の名前を呼び変えるタイミングは大変困難を極めると個人的に思っている。私の両親の呼び方は「ママ」と「とーちゃん」だ。小学校の途中くらいでお父さんの呼び方が「パパ」から、うまくお父さんに進化できなかった結果としての現在がある。

両親の呼び方は、友達を家に呼ぶことのあった小学生の間はちょっとした悩み事だった。友達を目の前にして母親のことを「ママ」と呼ぶのは恥ずかしい。しかし、昔から呼んできた名前を変えるのはさらに恥ずかしい。なにより「あぁ、こいつ恥ずかしいんだな」と思われることがイヤだった。成人式みたいに両親の改名式みたいなものを設置してほしい。

「はい、今日からママはお母さんです。パパは、お父さん」

こうして順を追って呼び名を変えていけばいいのではないだろうか。しかし、ずっと自分の両親のことを「お母さん」と呼んでいる人はこういう苦労はきっとないだろう。私以外の家庭では両親や兄弟の呼び名はどうなっているのだろうか。そこで恋人に聞いてみた。

「Kさん、お母さんのことなんて呼んでる?」

「うーん。お母さん、かーちゃん、おかあ、あと、マミーとか。あと普通に名前で呼ぶこともある」

あっ、これは仲がいいタイプの家庭だ。友達みたいにお互いのことを呼びあえるやつだ。私はこんなにたくさんの呼び名を持っていない。

「……ちなみにお父さんは?」

「お父さん、おとう、父上、父、だでぃ、あと佑一君(仮名)」

本格的に仲がいいタイプの家庭だ。

「あと、兄弟は、お父さんほどはないけど、ニックネームがあって兄とか妹とか、あとはフルネームで呼ぶかな」

「え、お兄ちゃんとかじゃないの?」

「ううん、ニックネーム」

「妹も?」

「うん、私お姉ちゃんって呼ばれたことないかも」

これは、アメリカンな文化の入っている家庭だ。そうなんだ、すげぇ。ちょっと異文化に触れた気分。おそらくKさんの家庭では呼び名改名式は必要ないだろう。

そうか……そうかぁ。そういえば最近は「ママ」とすら呼ばなくなった。名前を呼ぶのが苦手になった結果生まれた、名前を呼ばなくてもなんとなく会話できてしまう会話の組み立て方が家庭でも活きている。

「ところで、どうして私のことは苗字で呼ぶんです?」

「下の名前は、恋人の呼び方だから」

おい、私恋人だぞ。Twitterはまだブロックされてるけどな。最近はマンボウが死んだとかしかタイムラインに流れてないけど、一応Twitterのアカウントはまだある。

「それに、いつもそれで呼んでしまうと、恥ずかしい……かも」

やはり、呼び方を変えるのは恥ずかしい。

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