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まだ恋人になる前の私たち。

聞くところによると、恋人が初めて私を認識したのは、高校一年生の時の最初のあたりだったらしい。自己紹介のワークショップをしている時に、同じグループの私は上下ジャージを着ていた。

私たちの高校は1学年20人くらいの小さな学校だった。どのクラスでも知らない人はいないし、先輩もみんな顔見知りだ。実行委員をしたらよく知るメンバーが度々一緒になった。恋人と私は割と活発なメンバーで、恋人から見て一年生の頃の私は、春先はジャージを着ている人、夏になっても長袖を着ている人だと、思っていたそうだ。

「冬はダサいスイカみたいなフリース着てたよね」

電話越しにインタビューをしていると、思い出したように恋人が言った。私はキーホードを打つ手を止める。

「ダサくはなくない?」

「なんていうか、パッと見てすぐ『あいつだ』って分かるよね。視認性が高い」

服装に気を配るようになった今でも、友人からは「多少遠くても、なんかわかる」と評価を受ける私は、よほど外見に特徴があるらしい。

「……続けるよ」

私はiPadに接続されたキーボードを指で叩いた。

2018年10月26日。付き合った日から数えても、全くキリのいい数字でもない今日。恋人から見た私の話を書いてみる。しかし、どこから話せばいいのかわからなかったので、出会いから質問をしたところ、春から冬まで各季節ごとに違和感のある服装をしていた男だと思われていたということがわかった。

「そういえば付き合った初日、抱きしめてくれたけどあれは体がちぎれるかと思ったね」

「そんなに強く抱きしめてないよ」

「あれはなんだったの。人間の体の強度でも確かめてたの?」

「そんなわけなくない?」

「好きだったってこと?」

私はその質問には無視して、ここまでの会話を文字を打った。今回は付き合った日のことではなく、付き合う前の話をしたいと思っているので無視して進めていく。

「好きになったのはいつ頃のことなの?」

「なんとかの森っていう、公園みたいなところ散歩したじゃん? すごい覚えてる。でも、そのあたりでは好きっていう自覚はあったね」

「ダッサいフリース着た男を好きになってしまったわけ?」

「……そうだね」

私の高校は制服だろうが、私服だろうが全然OKな学校だった。しかし、私の服装は、オタクというか、オタクだったとしても問題があるような服装をしていた。それでも私が学校の中で居場所を保って入られたのは、実行委員などをしていてクラスを取りまとめる役割を担うことが多かったことと、それ以上に、春夏秋冬どこを切り取っても違和感のある服装の男をないがしろにするクラスメイトが一人もいなかったという奇跡的な環境にいられたからである。

春先に第一ボタンまで閉めて、これ以上ないくらいきっちりしているのにネクタイを結ぶのがすごく下手くそな男が黒板の前で自己紹介しようが、夏なのに長袖長ズボンの男が実行委員の連絡をしようが、茶髪に髪を染めた男の子でさえ、なんとなく話を聞いていた。秋になったというのにすでに冬服を着ていても、もはや「イジった方が負け」くらいの存在感を放っていて、クラス一空気が読めないとされる男でも私の服装には一切触れてこなかった。

お陰で、私は自分の服装のセンスが悪いなんて全く思っていなかった。当時の私が服を選ぶ基準は、寒くないかどうかくらいだ。服に対する意識が全く生まれていなかったと言っていい。

そんな私を恋人はなぜだか好きになってしまった。人間、見た目じゃなくて中身という言葉もある。しかし、見た目は中身の一番外側という言葉もある。見た目が最悪だった私がどう言った部分で評価され、当時の恋人が「こいつ好きだわ」となったのか、私たちはその辺りのことを話し合ってみたけれど、1つも浮かんでこなかった。

好きになったきっかけが、情景として浮かんでこない。交差点でぶつかって出会う少女漫画みたいに、衝撃的な出会いであったり好きになった一言があればいいのだがそうしたものはなかった。

次第に、もうすでに私のことを好きになっていた恋人と、そんなことには全く気がついていない私がいた時期の話になった。

「三年生を送る会とかで、実行委員をやったよね」

「あぁ、そうだっけ」

「思い出してきた。なんか実行委員の時、教室で二人になったことがあったじゃん」

好きな人と過ごしていた時間なだけあって、恋人は私と過ごした時のことを覚えているようだ。しかし、まだ恋人のことを好きではない私は、他の友達と誰かを待っていた時間の1つに過ぎない。誰かを待って時間を潰していたことなど、私はすっかり忘れている。

「先輩たちが買い出しに行ってて、その間私たち待ってたんだよ。確か、それで、先輩がニヤニヤしながら帰ってきたのを覚えてる」

全く覚えていないので、私はその時寝てたか何かして待っていたのだろう。暇な時は徹底的に省エネモードになる気の使えない男だった。服装もダサく、気も使えず待っている時は眠る。見かねた恋人と公園で散歩していたのが高校一年生の私ということになる。

「書いてて思うんだけど、この状態の私をどうして好きになったの?」

「えー、わかんない。恋愛がしたくなる菌が適温で繁殖したんじゃないの」

そんな菌がいるわけないだろう。菌に恋をさせられていることになるが、恋人は別にそれでも良いようだ。謎の菌に感染していたとしか思えないが、とにかく恋人は高校一年生の秋ぐらいに私のことを好きになったそうだ。

「それから、告白する日は『これから告白してくるから、髪を編み込んでくれ』ってお母さんに頼んだんだよね」

「全く触れなかったけどね」

「そこで気がついて『可愛いね』とか言ってくれればいい展開だと思うんだけど」

「全く無かったね」

「一方の〇〇君は、またダッサいスイカみたいなフリースだったし」

「そうだったっけ」

「こいつ今日もこの格好かよ、って思ったね」

告白するのをそこで踏みとどまらなかった度胸は本当にすごい。

普段は散歩したり、図書館に行ったりしていた私たちだったが、その日に限ってはカラオケに行くなど高校生のデートのようなことをしていた。恋人と二人でカラオケに行くのは初めてのことだった。

「その日のカラオケでメルトの男性版歌ってくれたじゃん」

メルトというのは、いわゆる片思い系恋愛ソングである。

「歌ったね」

「その時『あれ、こいつも私が好きなのか?』って思った」

「そんなわけなくない? あれ俺めちゃくちゃ歌ってたよ?」

「今にして思えば、単純な女だったね」

私は、付き合ってから恋人のことが好きになるまで随分かかった。少なくとも付き合った当初は、今のように恋愛的な意味で恋人のことが好きだったわけではない。

「で、その日、告白して背中がへし折れるくらい抱きしめられたんだよね」

「そんなに強くないって」

恋人は、いつの間にか私のことを好きになっていて、私も告白された日から時間をかけて恋人のことを好きになっていく。

あの日の私達は6年と少し経ったキリの悪い日に、こうしてエッセイを書いているとは夢にも思っていなかった。

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