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意味があるかはわからない。

たちの悪い風邪を引いた。

朝、カッと熱が上がって仕事を休んだ。翌日はお休みだったが、結局熱は下がらなかった。普段は高い熱が1日、長くても2日続けばそれでおしまいだ。しかし今回の風邪は長かった。普段私の体温は36℃前半だ。その体温が37℃くらいになると、まぁまぁ調子が悪くなり37.5℃を超えてくると、とても調子が悪くなる。しかし、37℃代は微熱の範疇だ。頻度はあまり多くはないが、仕事を休むほどでもない。

そんな微熱ではあったものの、体調が落ち着いてきた。月曜日、火曜日、仕事をしつつ様子を見るが調子は悪くない。体温は相変わらず37℃代だが、それ以上悪化する様子もなくそのうち下がるだろうと思っていた。ところが週末にはまた熱がグンと上がってしまい、完全に体調が落ち着くまでには2週間ほどかかった。

「〇〇くん、大丈夫か?」

上司さんは特に私を心配してくれた。

「しんどい……というより、不安ですね」

これまでこんなに長引く風邪を引いたことはなかった。とりあえず病院で検査をしてもらったものの何ら異常は見つからない。熱も下がらないままだ。

ただ、体温計が表示する数値の割に元気だったのが幸運である。もはや、37℃が平熱なのではないかと思うほど、元気に過ごしていた。薬を飲んで栄養のあるものを食べ、普通に仕事をしながらただ熱が下がるのを待った。

「〇〇くん、体調どうや?」

寝込んでいた際に食料を差し入れてくれた上司が、心配そうに聞いてくる。私はパソコンに向かってパタパタとキーボードを叩きながら答えた。

「あー、おかげさまで。ゼッコーチョーです」

「いや、絶好調なめんな。そんな年に何回もあるもんちゃうねんぞ」

まぁまぁ余裕があることは伝わったらしく、上司は笑った。

「とはいえ、不調ではないですねぇ。微熱は全然下がらないですけど」

翌日も、微熱のまま。リポビタンDとinゼリーの鉄分が入っているやつを飲みながら昼食をとった。体調だけはとても良い。

「〇〇さん、大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫ですよ。回復に向かっているので、これはむしろ、悪化させないためのものです。今は辛くないですから」

悪くない状態を維持する施策はうまくいったらしい。体調だけは万全でむしろ鉄分などの栄養を意識してとったせいか、目覚めは普段よりいいくらいだった。なぜなのかは、未だによくわからないし説明できない。

「原因もわからないんですよねぇ」

「へぇ、じゃあ、ストレスですか?」

「あぁ、ストレス」

それで納得してもらえるなら、それもいいなと思った。

しかし、その後も熱は全然下がらない。何度計っても微熱だ。変化のない数字を見ても不安になるだけなので、不調を感じなくなったことを良しとして、体温を計るのをやめた。今も熱があるのかもしれないし、もうとっくに下がっているのかもしれない。未だにリポビタンDとinゼリー(鉄分)は昼食の定番メニューだが、そのおかげか文章を書く余裕もでてきた。余裕が出てくると、あたりの景色が見えるようになってくる。布団に横になったとき、荒廃した自室と自分の服が気になりはじめた。足の踏み場もないどころか、明らかにゴミとわかるものも床に放置されている。

「片付けなくちゃなぁ」

風邪を引いてからの1週間がいかに最悪だったかを、部屋が物語っている。不調だった間の私は省電力モードで生きていたようだ。生きるための優先度が高いもの以外にはほとんど全く手がつかないまま放置されていた。例えば洋服。私の服はほとんど一ヶ月、洗われないまま着回されていた。どの服も2回は着ていただろう。ズボンもシャツも、シワシワだ。

お風呂も、シャワーで済ませていた。部屋も掃除機をかけていない。鞄の中もぐしゃぐしゃだし、机の上もお皿が出しっぱなしになっている。そもそも、最近野菜を切っていないし魚も焼いてない。あとは、手帳に今日の予定も書かなくなった。一人暮らしに高い意識を持ち込むつもりは無いけれど、それにしても「まぁこのくらいはいいか」と済ませてしまう範囲がずいぶん広くなってしまったものである。

不調を終えて我に返り「さて、まぁなんとかなったな」と一息ついてあたりを見回したらこの有様だ。その場しのぎをした跡が、目の前にどっさりと積まれていた。

「あぁ、めんどくせぇ」

ちゃんと生きるというのは、めんどくさいしお金もかかる。しかし、やらなきゃいけない。

私は散らばる服を片っ端から袋に詰めて、両手に抱えた。玄関のドアをヒジと肩で押し開け外に出る。

明らかに配分を間違えた洋服たちを手に、徒歩5分くらいのところにあるコインランドリーに向かう。

5月だというのに、ジリジリ暑い。やはり今年も春は来なかった。汗をダラダラ流して、服を洗濯機に放り込んで、お金を入れる。これで終わりではない。どれが洗っていてどれが洗っていないのかもうさっぱりわからないので、目に入った服を全て袋に詰めたのだ。それがまだまだ家に残っている。

結局、コインランドリーを3往復して、ようやくすべての服を洗いきった。次はお風呂だ。私は湯船にお湯をはる。お湯が貯まるまでの間に、出しっぱなしのお皿を洗い、スパゲティを茹でて食べた。それから部屋に散らばっていたゴミや、紙くずを捨てる。

それから、お風呂に入った。私はお風呂に入ったあと、滝のようにシャワーをあびる。お風呂もう一杯分くらいあるんじゃないかと、終わってから思う。水とガスの無駄遣いである。実のところ自炊だって、外食をしたほうが時間が短くて済む。いつも夜9時を過ぎて家に帰る私は、そこから料理をすると11時を過ぎてしまう。風邪を引いている間は、そうした無駄なことが一切できなかった。

生きるために最低限必要なことだけをするのなら、食って服着て仕事して、まぁまぁ眠ってまた起きて、そして食う。身の回りを整えたりすることは、ちょっと贅沢なことになる。たまに「別になくてもいいんじゃないか」と思う。

例えば1日のスケジュールを立てるとか、1日でやることなんてだいたい決まってくるし、昨日と同じことをわざわざ書くのはめんどくさい。ちょっとかっこつけてる感じがするし、書き終えたあと「まぁ、こんなもんなら知ってたし別にいらんかったな」と思うことも多い。むしろこの手間を省略して全てがうまくいくなら一番いいように思う。わざわざ同じことをするなんて、時間の無駄だ。

最近の昼食でレギュラーメンバーとなりつつあるリポビタンDとinゼリーも、必ずしも食べなくてはいけないものではない。むしろ、普段の昼食は300円くらいなのに、それに加えてリポビタンDとinゼリーなんか飲むものだから、倍以上かかっている。

無駄だな。と思う。私がそれなりに生活するために大切なものなのかもしれないけれど、誰にでも必要なものではない。

そして私自身、その無駄なものをある程度切り取っても、まぁまぁ生きられた。もしかしたら、生きるという点において必要なものは、他の人とあまり変わらないのかもしれない。でも、生活、と言っていいのか「まぁマシな人生を送る」ためには、こなしたほうが良いことがいくつがある。

洗濯をこまめにしたり、何を食べるか考えて食事をしたり、今日の予定を立ててから仕事をしたりする。また、お風呂に入るときは湯船に入りながら延々とシャワーを浴びて、湯船や壁に打ち付けられる水の音を聞きながらうずくまり「なんだか、ここはすごく安全な場所のような気がする」と眠りそうになることとか、別に外で食べるのと対して変わらないのにわざわざピーマンや豚肉を切り刻んで料理を作ったりすることとか。

「やめなよ、もったいない」

なんて、言われてしまいそうだ。実際、風邪でも引こうものならすっかりそんな余裕はなくなってその無駄なことはほったらかしになる。だから多分それを見たら「ほら別になくても大丈夫じゃないか」なんて言われてしまうだろう。そんな自他共に認める無駄なものが、私の周りにはいくつもある。

理由は説明できないし、多くの人にとっては不要どころか、やる意味さえわからないもの。それを守るのは結構大変で、生活の中に取り戻すのも大変だった。これからも、これを続けるのか、なにか意味があるのかはわからない。

ストレスのせいでもなんでもいい。なんでもいいから理屈がほしい。「これのせいなんです」とか「これがオトクなんです」とか、理解できない無駄なことを全部包み込んで「なら仕方ないか」とうなずいてもらえる理屈。その無駄なことをして納得してもらえる大義名分が欲しくなることがたまにある。

シャワーをザブザブ浴びながら、じっとうずくまっていたい。〇〇のせいです。とか、そういうのでいい。あんまり誰も傷つかない感じ。ずっとストレスを理由にしていると、周りの人が「え、私ストレスかな」とか思うかもしれないから、もう少しやんわりしたやつがいい。

そんなことを考えるのもまた無駄で、多分あんまり意味はない。でも、私の無駄なことすべてがなんかよくわからない共感とともに、全部納得してもらえればいいのになと、図々しい事を考えるようになった。

こうして私の生活は、いずれ理由がつくかもしれない無駄なものと共に復活してきている。

次は料理だ。外食するのとほとんど変わらない予算。結局作ってしまう二人分、そして、その二人分を私は食べきる。時間もお金もかかるだろう。節約にもならないし、時短なわけでもない。エコでも、手軽でも、なんでもない。でも、明日は肉や野菜を切って食べる。

風邪を引いた私は、多分何かをサボっていた。サボっていたのに、いろんなものを切り詰めていた。だからその貯金を引き出すつもりで、明日はお米を炊いてたべよう。

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